王様の趣味

王様の趣味 その1

 コンコン、とノックをし、許可を得て彼はエヴェルシード国王シェリダンの寝室へと足を踏み入れた。
「シェリダン様」
「ああ、クルスか。なんだ?」
 シェリダンは彼の顔を見てそう言った。しかし部屋に入った途端、ユージーン侯爵クルス卿の視線はあるものに向けられてしまい用事を切り出すどころではない。
 「あの……陛下、なんで王妃様は侍女服などお召しになられているのです? い、いくら敵国の人質だからって仮にも王家の方を召し使いとして働かせようなんて……!」
 まさか主君が人道にもとる行為を!? と義憤にかられようとしているクルスに向けて、シェリダンは冷静に言い放つ。
「いや、これは私の趣味だ」
 ロゼ王妃は黙って彼の手に身を預ける。
 実は国王は、メイド萌えだったのだ。

 つづく


 王様の趣味 その2

 コンコン、とノックをし、許可を得て彼はエヴェルシード国王シェリダンの寝室へと足を踏み入れた。
「シェリダン陛下―」
「ああ、ジュダか。なんだ?」
 シェリダンは彼の顔を見てそう言った。しかし部屋に入った途端、イスカリオット伯爵ジュダ卿の視線はあるものに向けられてしまい用事を切り出すどころではない。
「あのー、陛下。なんで王妃陛下は国学府の制服など着ているわけですか?」
 今からエヴェルシードの教育でもつけさせる気かと、ジュダは首を傾げたが、シェリダンは冷静に言い放つ。
「いや、これは私の趣味だ」
 ロゼ王妃は黙って彼の手に身を預ける。
 実は国王は、制服萌えだったのだ。

 つづく


 王様の趣味 その3

 コンコン、とノックをし、許可を得て彼はエヴェルシード国王シェリダンの寝室へと足を踏み入れた。
「シェリダン王―」
「ああ、ハデス卿か。なんだ?」
 シェリダンは彼の顔を見てそう言った。しかし部屋に入った途端、帝国宰相ハデス卿の視線はあるものに向けられてしまい用事を切り出すどころではない。
「ねぇねぇ、シェリダン。なんでロゼウスがいきなり猫耳なわけ?」
 どこか遠い目をしながら一応何か理由があるのかもしれないし、と尋ねるハデスに、シェリダンは冷静に言い放つ。
「いや、これは私の趣味だ」
 ロゼ王妃は黙って彼の手に身を預ける。
 実は国王は、猫耳萌えだったのだ。

「まあ、確かに似合ってるけどさ……」

 つづく


 王様の趣味?

 コンコン、とノックをし、急いでいた彼らは許可も得ずにエヴェルシード国王シェリダンの寝室の扉を開いてしまった。
「国王陛下!」
「!?」
 焦ったのはシェリダンだ。よりにもよってこんな時に来なくてもいいだろーがっ! と言っても今更通じない。
「あ、ああ。お前たちか。なんだ?」
 シェリダンは彼らの顔を見て平静を装いながらそう言った。しかし部屋に入った途端、エヴェルシードの重鎮である彼らの視線はあるものに向けられてしまい用事を切り出すどころではない。急いでいてもやっぱり気になるものは気になるらしい。
「陛下、何故王妃様は男装などなさっているのです?」
 だって男ですから。と言うわけにもいかず、硬直しているロゼウスに一瞬だけ視線を向けながらシェリダンは苦し紛れに言い放つ。
「これは私の趣味だ」
「……趣味ですか?」
「ああ、趣味だ! 文句でもあるのか!?」
「い、いえ! 滅相もございません!」
 王の剣幕に家臣たちは慌てて首を振り、用件を伝えるとさっさとこの場から立ち去った。
 が、しかしこの後数ヶ月間、シェリダン陛下はコスプレマニアだという噂が城内で広まることになる。
「くそ、何故私がそんな不名誉をうけねばならない」
「……俺、なんとなくわかる気がするけど」
 男装はおいておいてもメイド服だのセーラー服だの猫耳だのを着せられていたロゼウスは、「これって九割方あんたの自業自得だろ」という言葉を必死に飲み込む。
 王城では国王夫妻への贈り物として多種多様な職業の洋服がさまざまなところから送られて来るようになったという。


 おしまい。


変則的白雪姫と魔王より酷い人間

 ――見てごらん、美しいだろう? この庭には、あらゆる国々の希少な花々が集められている。
 耳元で囁く声は懐かしく胸を軋ませる。あの声が私は嫌いで、そして本当は愛しかった。
 ――私は美しいものが好きだ。だから、お前も……
 けれどやはり違うのだ、父上。それは恐らく、愛情ではない。

 エヴェルシードの冬には雪が降る。白い氷の花が、七色の庭園を埋めていった。

 ◆◆◆◆◆

 その日、エヴェルシード王城のごく一部が局地的に混乱に陥っていた。
「シェ、シェリダン様? 大丈夫ですか?」
 翡翠の瞳をうるうると涙で滲ませながら主の寝台を覗き込むのは、エチエンヌとローラの双子の姉弟だ。リチャードは困った顔で水の入った盥を枕元に置き、布を浸して硬く絞る。彼の作業をロゼウスもなんとなく手伝い、寝台の中の人――エヴェルシード国王シェリダンその人の胸のあたりを上掛けの上から優しく叩いた。
 寝台に横たわるシェリダンの顔は赤く、こめかみや首の辺りに汗が浮いている。伏せられた睫毛は苦しげで、吐き出す息が熱い。
 慌ただしく室内に呼ばれた医師が、厳かに診断を下した。
「ただの風邪にございます」
「本当ですか!?」
「シェリダン様は大丈夫でしょうか!?」
「常々身体を鍛えていらっしゃる陛下ですから、ただの風邪が大事になるなど、あろうはずもございません。昨夜は急激に冷え込んだため、体調を崩されたのでしょう。それでなくとも連日の激務で疲労が溜まっていらっしゃるようですから。しかし、元が丈夫なのですから数日安静にしていれば治りますよ」
「よかった……」
 双子は揃って、大げさなまでに胸を撫で下ろす。リチャードは淡々と、しかし病床に伏せっている主を気遣っててきぱきと仕事をこなした。本日のシェリダンの国王としての執務は全てキャンセルだ。
「とりあえず……ローラにエチエンヌ、お前たち二人は部屋の外に出ていなさい」
「ちょ、リチャード!」
「何故ですか!?」
「何故も何も、そう耳元で喚かれては陛下のお身体に障る」
 リチャードに窘められて、しぶしぶと双子が指示に従った。普段は優秀な二人なのだが、主の危機にこうも見境をなくすようでは看病など任せられない、というのがリチャードの言い分だ。外傷や敵ならば対処法の一つもわかるエチエンヌたちは、しかし身体の内側から蝕んでいく病に対しては無力で、それだけに不安が募るらしい。
 窓の外には雪が降っている。ロゼウスは慌ただしい周囲を冷静に眺めていた。他でもないシェリダンの手によりエヴェルシードに無理矢理攫われてきたロゼウスには、憎き仇である彼を心配する気持ちなどない。
「陛下、何か用意するものはありますか?」
 リチャードが気づかわしげに、寝台の中のシェリダンに尋ねる。重たそうに薄く瞼を開けたシェリダンが、いらん、と小さく答えた。
「できれば私がつきっきりで看病さしあげたいところなのですが、本日は用事が――。午後からは戻りますが、午前はいかがいたしましょうか……」
 リチャードがロゼウスにちらりと視線を向ける。いくら取引があるとはいえ、シェリダンが弱っているこんな時に敵国の王子であったロゼウスと二人きりにさせるのは不安なのだろう。しかし親しい者以外に心を開かないシェリダンの気性を思うと、風邪を引いて心細い時に慣れない侍女などを近づけるのも苦痛だろう。となれば、ローラたちを遠ざけてしまった今、頼れるのは彼しかいない。
「ロゼウス様……陛下の看病をお願いできますか?」
 問いかけられて、ロゼウスはしばし考えた末に答えた。
「いいけれど、俺はどうにもできないと思うよ? お前たちの言う風邪ってなんなのか、よくわからないし」
「え?」
「ヴァンピルは病気にはかからない。体質的に、先天的に身体が弱い者はいるけれど」
 仇云々の前に実はそこが障害だったらしい。リチャードがガクリと頭を垂れた。
「容態が変わったり……ええと、凄く苦しい様子だったら先程の医師を呼んでください。それ以外に例えば陛下が、水が欲しいと仰られたり汗をかいたから着替えたいと言われた場合には、お手伝いしてさしあげてください」
「ああ……うん、わかった。なんとかなりそう」
「それでは《王妃様》、頼みましたよ?」
 まだ不安げではあるが、最低限の信用には値すると思ったのか、リチャードが午前中の看病をロゼウスに任せ、室内から出ていく。
「病か……ミカエラはよく体調を崩していたっけ……?」
 ロゼウスにしても、風邪という病名自体には馴染みはないが、体調を崩した者の看病自体は経験がないわけでもない。
 すぐ下の弟である第五王子のミカエラは生まれつき身体が弱く、常に体調を崩しがちだった。彼に接していた時のことを考えればたぶん大丈夫だろう。
 寝台の中、赤い顔をして深く眠りについたシェリダンの様子を見ながら小首を傾げる。とりあえずは上掛けからはみ出た手を戻してやろうとして、ふと思いついた。
「病の時は、いつもより心細くなるとミカエラが言っていたっけ……」
 熱を出したシェリダンの肌は熱い。ただでさえヴァンピルであるロゼウスとは酷い体温の差があるというのに、今の彼の肌はまるで燃えるようだ。
 寝台の傍らで椅子に腰かけたまま、そっと手を握った。
「だったら、傍にいてあげる」
 当たり前のようにそう言って、ロゼウスはシェリダンの指に自らの指を絡めた。

 ◆◆◆◆◆

 夢を見た。あまり面白くもない夢。むしろ不愉快で、胸が悪く、そして悲しい夢。
 夢の中でシェリダンは今よりも幼い子どもの姿をしていた。傍らに人の気配が――父の気配がする。二人並んで中庭の薔薇園を眺めながら、シェリダンは父の言葉を聞いていた。
 ――見てごらん、美しいだろう? この庭には、あらゆる国々の希少な花々が集められている。
 ――私は美しいものが好きだ。だから、お前も……
 父は美しい物が、美しい者が好きだった。それは知っている。
 あの男は自らが国王であるのをいいことに、母を蹂躙したのだ。
 だから冬でも華やかな庭園を見るとシェリダンは胸が痛む。
 父の求める美しさは、あくまでも外見のことだけに終始していた。母の中身が悪かったというわけではない。父は母を、本当の意味で愛してはいなかったのだと思う。でなければどうして彼女が死んだ後に、片っ端から他の美しい女性に手をつけ始め、ついには息子であるシェリダンにまで手を出せたのだというだろう。
 父王は愛しい女の死に狂った。それは確かだ。だがそもそも彼の場合、抱えるその愛自体が歪なものだった。
 彼に偏愛されていたシェリダン自身もまた、愛されてはいなかったのだと思う。父にも。そして彼を残して死んだ母にも。
 けれど母のことに関しては責められない。普通の街娘が突然権力者に無理強いされて王宮に攫われてきて、産みたくもないのに産んだ子どもをどうして愛することができるだろう。
 そして父に関しては――それもまた、望むことはできても、責めることはできない。他人に自分を愛してほしいなど、結局は相手の心次第だ。誰にも強要できるようなものではないのだから。
 ――お前は美しいな。シェリダン、お前は私の宝だ。

 それでも確かに胸は痛んだ。

 ふいに意識が上昇し、瞳を閉じたままで現実の感触を覚えた。うつらうつらとしていた彼の意識を一時的に覚醒させたのは、片手に滑り込んだひんやりとした感触だ。
 雪、とまずシェリダンは思った。それほどに触れたものは冷たい。けれど優しく自分の手の甲に滑る指の感触と、傍らから降ってきた穏やかな声にその正体を知った。ああ、知っている。この細い指。ロゼウスの手。
「病の時は、いつもより心細くなるとミカエラが言っていたっけ……」
 ヴァンピルは病に馴染みがないのか、ロゼウスが並はずれて頑丈なのか、風邪に対する知識が怪しいらしいロゼウスの独り言が耳に届いた。瞼が重くて瞳が開けられない、ロゼウスのその表情をこの目で見ることができないのが、残念なような、これで良かったような。
「だったら、傍にいてあげる」
 当然のように、あまりにも自然にまっすぐとその言葉は降ってきた。舞い降りる雪のように。
 熱を持つ肌に心地よい、触れる手はまるで雪のように冷たい。脳裏に描いたのは、白く美しい顔、頬を彩るさらさらの白い髪、その中で瞳だけが紅い、ロゼウスの眼差し。紅い瞳はあんなにも印象的なのに、彼自身の印象は雪のように冷たい。
 雪、白い雪。天上から舞い降りる、慈悲深く冷たい氷の花。
 ロゼウスはまるで雪のようだと思った。富める者にも貧しい者にも残酷なまでに平等に舞い降りる、白い白い花。そこにはどんな贔屓もない。
 シェリダンが病で苦しんでいようと見捨てればいいのに、ごく当たり前に看病をしている。お人好しとはまた違う。それはロゼウスならではの基準あっての行動なのだ。
 ロゼウスはシェリダンを愛しているわけではない。
 今こうして手を握っていてくれるのは、彼が病人だから。ただそれだけ。
 この行動だって彼なりの知識に基づいた合理的判断に過ぎない。
 シェリダンを愛しているから、彼を気遣って手を握っていてくれるのではない。たまたまシェリダンが風邪を引いたから、そうして傍にいてくれるだけ。これが彼でなくとも同じように病に倒れる者があれば、ロゼウスはその相手にだって同じことをしたのだろう。
 自分で考えておきながら、シェリダンはそのことに対しちくりとした胸の痛みを覚えた。
 ロゼウスのこの愛情は特別なものではない。誰か特定の相手に本心から捧げられる愛ではない。誰にも平等に与える慈愛。
「ん……」
「シェリダン?」
 けれど、それが欲しかった。白い雪。白い白い、まるで雪のように冷たく平等な愛情。薄っぺらくても確かな真実の愛。
 父がこの身に注いだ強くて歪な狂愛ではなく、限りない白さで誰の上にも舞い降りる雪のようにやわらかで公平な愛情を。
 握った手に微かに力を込めれば、還る優しい頷き。
「ここにいるよ」
 それこそが欲しかった。ただ、それだけが欲しかった。
 誰かの愛情を受ける価値もない自分がそれを望むのは罪だろうが、この罪だけは免れることができない。
 どうしても、これが欲しかったのだ。
 白い、白い雪。
 真っ白なその愛情。天空より舞い降りて静かに積る。
 白い雪のように冷たくも等しく優しい想い。
 窓の外にしんしんとそれは降り積もる。部屋の中は暖炉に薪をくべられて暖められていても、城の外は凍えるほどに寒い。
 降り積もる白いものは彼に対し優しいのか、それともやはりその冷たさで命を奪うものなのか――。
 答は、まだしばし先だった。

 了.


媚薬

「何、それ」
 俺の目の前でシェリダンが何か丸薬の入った壜を振ってみせる。涼しげな音色を奏でる透き通った薄紅の壜が気になって口を開けば、答えは簡潔なものだった。
「媚薬」
 ああ、そう。
 一日の仕事が終わって(シェリダンの仕事。俺はすることないし)寝室へと戻ってきたシェリダンは、何処から手に入れたものか、媚薬入りの壜を手にしている。夜半。寝台の上。すでに入浴済みで絹の夜着がさらさらと音を立てているとなれば、あとはやることは決まっている。
 襟元を緩めながら寝台に上がったシェリダンは俺の腰を抱き寄せ、へその下辺りに手を伸ばす。際どい辺りを撫で回しながら、片手では硝子壜を弄ぶ。
「で、その媚薬をどうすんの?」
「使うに決まっているだろう。ただ持っているだけは阿呆だろうが」
 言って、確かに美少年のシェリダンに似合わないこともないが、実際こういうものを手にするなら女の子だろうと言いたくなる様な可愛らしい壜の栓を開けたシェリダンが短く命じる。
「口を開けろ、ロゼウス」
 逆らってもろくなことはないと経験上知っている。俺は素直に口を開き、その間にシェリダンが丸薬の一つを自分で口に含んだ。顔を近づけ、唇を触れ合わせる。
「ふ……んぅ」
熱い舌が丸薬を押し出して俺の口に含ませる。口移し。予想はついていたけど、この際言わせてもらえばシェリダンはやることがいちいちやらしいと思う。ああ、思うだけで実際は言うにまで達してないか。だって滑り込んできた舌を絡めるのに夢中で。
苦いとも甘いともつかないような妙な味の薬をしばらく舐めていた俺は、口腔を貪るのに飽きて唇を離そうとしたシェリダンの隙をついて、含ませられた丸薬を元通り彼の口に押し込む。ついでに丸薬を喉の方まで舌で押し込み、髪に触れていた手に力を込めて頭の姿勢を変えさせ、含んだものを飲み込みやすくさせた。それまで十分にお互いの唾液で潤されていた喉はあっさりと丸薬を通したようだ。
「なっ……ロゼウス!」
 俺に飲ませようとした薬を自分で嚥下する羽目になったシェリダンが顔を真っ赤にして怒る。珍しい表情だ。ついでに目は潤み、頬が怒りだけでなく上気し、息が上がっている。
「もう効いてきたのか? 即効性? 前に兄上の持ってたやつを使ったときはもうちょっと時間かかったけど」
「すでに経験済みか……というか、何故私に飲ませる」
 こういうものを飲むのは普通受け側ではないのか。不満げなシェリダンに俺はしなだれかかる。鎖骨の辺りに触れただけでびくりと身体を震わせたシェリダンをそのまま寝台へと押し倒し、胸元を寛げた。
「だってさ、シェリダン」
 首筋に口づけるとそれだけで、シェリダンの顔が快楽に流されまいと歪む。相当効き目の強い薬だったようだ。
「俺、これでもヴァンピルだぞ? しかも王家とノスフェル家の、最も魔力の強い一族の。つまり、身体能力があんたたち人間とは違うんだ。えーと、絶倫ってやつ」
「それは何か違うような違わないような……」
 この場合は正しいが、普段の運動能力の比較に関して言うならもっとマシな言い方があるだろうが、と。……怒られた。俺は唇を尖らせて、腹いせにシェリダンの胸元の赤い飾りを抓る。
「……っ!」
「気持ちいい?」
 すでに熟れた果実のような顔色のシェリダンの媚態に触発されて、俺も夜着を半脱ぎにし、彼の腹の上にまたがる。
 媚薬のせいで潤み、蕩けきったシェリダンの様子はいつにも増していやらしく劣情を刺激する。腰をすりつけ、二度目の口づけを唾液が糸を引くまでねちっこく重ねた。
 とにかく、元からヴァンピルの俺と人間のシェリダンでは体力が違いすぎる。
 の、で。
「せっかく薬使ったんだから、せいぜい楽しませてね」
「お前……」
 俺に薬なんか飲ませた日には、たぶんシェリダンの体力が持たないだろう。普段だって、快感が過ぎれば軽く失神ぐらいはするが、基礎体力は断然こちらが上なのだから。
 だったらどうせならここは陛下に頑張ってもらって、俺はいつもより激しいのを堪能する、と。
 至近距離でにっこり笑って見せれば、シェリダンの顔がひきつった。構わずに上から退いて夜着を脱ぎ落とし腕を伸ばせば、ようやく立ち直った彼の、いつにも増して手荒な口づけに迎えられる。
「この私を挑発するとはいい度胸だ。今夜は覚悟しろよ」
「上等」
 喧嘩の前かというように不敵に笑い合って、再びシーツの波に倒れこむ。一晩中、お互いの気が済むまでもつれあった。

 ◆◆◆◆◆

「で、陛下、どうだったんですか? あの薬」
「ああ、ジュダ。あれか……たいしたことなかったぞ」
「その割にはお疲れのご様子ですが。昨晩はお楽しみではなかったのですか?」
「まあな」
「うちに出入りの商人から特別に手に入れたものですよ。その業界では有名な相手でして。せっかく新婚の国王夫妻にお楽しみいただこうと貴重品を進呈したというのに、その反応はどういうことで?」
 訝しげに目を据わらせるイスカリオット伯爵を前に、昨晩酷使したせいで痛む腰をさすりながら、若き王はぼそりと呟いた。
「ヴァンピルってのは、皆してあんな化物ぞろいなのか……?」

 ◆◆◆◆◆

 その頃、王の寝室では侍女と小姓の双子の姉弟がこそこそと噂をし合っていた。
「ねぇ、ローラ。なんか今日ロゼウスの機嫌がやけによくない?」
「エチエンヌもそう思う? 変よねぇ。昨夜何かあったのかしら」
 一方、同じ部屋の逆の端では、ロゼウスがうっとりと目を細めながら昨晩の行為を回想していた。手元の本の頁をめくる手が止まっている。
「ああ、昨日のシェリダンはなかなか激しかったな……いつもより元気だったし。でもまだまだ。いくら薬のせいだって言われてもあんな色っぽい顔されたらこっちだってちょっと本気になっちゃうじゃんか……」
 媚薬の効果で生来の美貌に得もいえぬ妖艶さを増したシェリダンを相手に、うっかり本来の体力の片鱗を見せてしまいついに彼を降参させたロゼウスであった。


 その日の夜、若い盛りの十七歳の少年王が同年齢の王妃との同衾を拒んだかどうかは本人たちしか知らないことである。


 了.


王様の趣味改め王妃様の趣味

 先日の一件(「王様の趣味」参照)以来、国王シェリダンのもとには様々な贈り物が届けられるようになった。
 それは飲食店従事者の制服やら学院の女子制服やらとある貴族の家に従事する侍女たちの服やら仕立て屋の新作やら中には着ぐるみチックなものまでさまざま――様々なコスチュームである。
 いわゆるコスチューム・プレイ。
 先日、うっかり男装状態のロゼウス(世間的にはロゼ王妃)を見られたシェリダンの「これは私の趣味だ!」の一言により世間ではもっぱら王様はコスプレ好きだと思われている。
 てゆーかそれ事実だから byロゼウス
 そんなわけで今日も城の入り口には国王宛ての贈り物が仰山届き、検閲はいちいちひらひらとした女物の衣装にさらりと目を通し、問題がなければ国王の部屋にお届けする。
 シェリダンの私室は今や衣装箱でいっぱいだ。ここ最近ロゼウスはローラと二人で、大半はマニアックなる言葉でしか表現できない衣装ばかりの贈り物の中から、実際にロゼウスが普段から着ていても問題なさそうな衣装を選り分けていた。
 エヴェルシード国王の妃、ロゼ。しかしその実態はローゼンティアの王子ロゼウス。まさか彼を仕立て屋に連れていくわけにもいかなければ、城の仕立て屋に任せるわけにもいかない。秘密を知る者は少なければ少ない方がいい。これまで彼の着ていたドレスはもとの女物のドレスにローラが手を加えて男であるロゼウスが着てもおかしくないようにしていたものだが、やはりそれだと少しばかり手間がかかる上に、衣装がどうしても足りなくなる。
 シェリダンの身近にいる唯一の針子であるローラとしてはこの贈り物攻勢は願ったりだったのである。ロゼウスもそれを聞き、送られたものには一応袖を通してみる日々である。サイズがあってもデザインとして着ることができない服(胸元がすっきりとしすぎていて胸がないのがバレる)などは、ローラがささっと手を加えてロゼウス使用にしてくれる。
 ところが本日はもうシェリダンの執務もようやく終わるかという時刻になって、新たに荷物が届けられた。
「シェリダン様が戻って来られますから、私はもう下がりますね」
 ローラも姿を消し一人、部屋の主が帰ってくるのを待っていたロゼウスは暇つぶしに贈り物の箱を開けてみる。ここ数日で慣れた作業だ。幾つか袖を通して見て、良さそうなものは明日ローラに言えばいい。
 と、思っていたのだが――。
「どうした? ロゼウス」
 一日の執務を終え、部屋に戻ってきたシェリダンは衣装を片手に何事か考えているロゼウスに怪訝な顔を向けた。
「あ、おかえり」
「ああ……で、なんだ」
「今日届けられた服なんだけど」
「ああ、また小さすぎたのか? お前は普通の男よりは細いが、同じ身長の女性よりは体格が良いからな」
「そうじゃなくて……」
 何せ正確にサイズを計ってから作られた服ではないので、これまでも贈られた衣装のサイズが合わないことはままあった。しかし今回の問題は、それとは少し違う。
「ちょっと大きい」
「……サイズが合わないことを聞いた誰かが、今度は大きめに作りすぎたか?」
「というよりむしろ、最初から男物として作られている気がするんだけど」
 デザインや作りの問題から、ロゼウスはそう考える。女物のドレスと男が女装するためのドレスの間には、深くて広い河があるらしい。
「送り主はお前のことを知っている誰かではないか」
「ユージーン候とかイスカリオット伯とか? あの人たちなら、むしろ最初から俺にサイズを測らせろって言ってくるんじゃない?」
「……そうだな」
 そんなサプライズをする性格の彼らでもない。では何だ? 首を傾げるシェリダンに目を向けたロゼウスは、ふとあることに気付いた。
「……シェリダン。ちょっとそこに立って。直立して」
「は?」
 またもや不思議そうな顔をしたが素直にロゼウスの言葉に従い、その場にまっすぐに立ったシェリダン。その体に、さっとロゼウスがドレスを当てる。
「おい」
「あ、ぴったり」
 ロゼウスには少し大きめのドレスは、シェリダンの体格でぴったりだ。それこそ、まるで誂えたかのように。
「もしかしてあんた用ってことじゃない? これ」
 シェリダンのこめかみに青筋が浮いた。
「そんな馬鹿な物を、いったい誰が送り――ちょっと待てロゼウス、贈り主は誰だ?」
「ええと、モラウィス公爵って人」
「あいつか!」
 衣装の入っていた箱に添えられていたカードを見ながらロゼウスが答えた名を聞いて、シェリダンは思わず頭を抱える。
「こ、心当たりが?」
「……まぁな。くそ、あの変態め」
 モラウィス公爵とは、シェリダンが国王になるために根回しした貴族の一人である。この根回し、血筋という点でカミラに負けるシェリダンは妹に負けてはならないとあらゆる手段を使った。金や国王名義でしか揃えられないような美術品、果ては色仕掛けまで。
そしてモラウィス公爵とは、まさにシェリダンが持ち前の美貌を使って色仕掛けで落とした一人である。とはいえ彼の場合は同じように当時の王子を抱くことを選んだ多くの男性貴族とは違い――。
『ああ! 麗しい女王陛下! どうぞこの卑しい犬めをお踏みになってくださいませ!』
「あの場面でそっと赤い革のハイヒールを差し出された私はどうすればいいと言うんだ。いや、その場では望みどおり踏んでやったが。あいつだけだな、私が即位前から(女)王陛下と呼んでいたのは」
 王様になっちまえばこっちのもの、と国王になってからは即効縁を切った一人なのだが、今でもモラウィス公爵はシェリダンの信望者だ。……間違った方向に。
 何やらぶつぶつとそう遠くもない昔を思い返しながら呟いているシェリダンを横目に、ロゼウスは先程の箱の中をがさごそと漁っていた。
「シェリダン……」
「なんだ」
 小声でひたすらモラウィス公爵を毒づいていたシェリダンは、ロゼウスに名を呼ばれて振り返る。
「一緒に入ってたけど? ハイヒール。ついでにこれ」
 ハイヒールの時点でげんなりしたシェリダンは、その次に目の前に出されたものに本気で固まった。
 蒼い長い髪のカツラ。
 シェリダンの髪はエヴェルシードには珍しい、蒼よりも濃い藍色だ。そのヅラは明らかに特注品である。箱の中身はロゼウス宛ての衣装ではなく、シェリダン宛ての女王様コス用品一式だった。
「あ〜の〜お〜と〜こ〜〜!」
「――ねぇ、シェリダン」
 次に貴族の定例会議で会ったら何を言おうかとシェリダンがこめかみをひくつかせている傍ら、ふいにロゼウスが声をあげた。考えごとをしていたシェリダンは咄嗟の反応が遅れたが、この場に他の誰かがいたらその妙にうきうきした悪だくみしてます感満載の声に逃げ出したくなったことだろう。
 美しい顔を仄かに赤らめ、これ以上ない満面の笑みで「おねだり」する。
「これ、着てみせて?」
「は?」
 語尾にハートでもついてんじゃないかと思うような可愛い子ぶりっこ口調で爆弾発言。言葉はおねだりだが、内容は嫌がらせだ。
「な、なん……ッ、断る! 断固として断る!」
 一瞬ぽかんと口を開けて固まったシェリダンだが、すぐに我に帰って叫んだ。それは男らしい一喝だった。
「ちっ。じゃあ力づくだな」
 しかしロゼウスも負けていない。次の瞬間表情を素に戻すと、先程の天使の笑顔(魔族なのに)などなかったかのようなこれも男前な表情でシェリダンに迫った。
 ドレスを離してシェリダンの腕を掴み、無理やり服を脱がせようとする。
「な、や、やめろこの馬鹿!」
「純粋な、腕力で、俺に勝てると思うな、よ!」
「なんで第1章で私に負けたんだお前!」
 ※それは突っ込んではいけないお約束だ。
「っていうか、あんたにそれを言われたら負けた俺の立場がないだろうが! ……ええい、シェリダン覚悟!」
 その後に「お命頂戴」とでも続きそうな剣幕でロゼウスが言う。
 しばらくどすんばたんともう夜になるというのに騒音を立てて激しい攻防があった末、ついに勝敗は決したらしい。
 それはそれとして、何を騒いでんだかと城の人々は非常に微妙な言い争いが聞こえてくる王の私室を眺めながらどうすべきかと悩んでいた。
「いい加減に観念しろ! シェリダン! 男だろ!」
「男だから嫌なんだろーが! お前こそ何を偉そうに!」
「いいじゃんあんただって毎日毎日俺にとっかえひっかえマニアックな衣装着せて玩具にしてるくせに!」
 王の私室周りの警備兵やら通りがかった侍従たちは、
「……エチエンヌたちに何とかしてもらおう」
 国王に最も影響力のある小間使いの名前を出して事態の対処を頼むことにした。
 というわけで数分後に部屋にやってきたエチエンヌ、ローラ、リチャード。
「シェリダン様、何かあったようだと侍従たちから――って、あれ?」
 そこには何だかんだで決着のついた二人がいた。
「……何をやっておられるのです? お二方」
 リチャードが努めて穏やかに平静を装って尋ねると。
「リバ」
 さらっと答えるロゼウス王子(男装中)に。
「違う! 誤解だ! リチャード、ローラ、エチエンヌ!」
 見事にドレスを着こなしてヅラまでつけた姿で言っても説得力のないシェリダン。
「ああ、シェリダン様……ロゼウスに着せるだけでは飽き足らずついにご自身までそちらの方向に」
「エチエンヌ!」
「いえ、いいんです。シェリダン様がどんな方でも私たちはついていきますから」
「ローラ!?」
「それではお二方」
 リチャードがまとめに入り、三人は声を揃えた。
「「「ごゆっくり」」」
 ばたんと音を立てて扉が閉まる。今日は誰も国王の寝室に入らないように! と命令を下すリチャードの声が聞こえた。
「…………」
 肩を落として項垂れるシェリダン。
「まぁ、いいじゃん似合ってるし」
「嬉しくないわ!」
「あんたがいつも俺に言ってることだってのに」
 男にとってドレスとは相手に着せて楽しむものであって、断じて自分で着るものではない byシェリダン
「でも俺も男なんですけどー」
「黙れ。お前は黙って私の下で喘いでいろ」
「へぇ〜」
 ロゼウスが半眼でシェリダンを見つめる。
「……にしてもさ、知ってはいたけど美人だよね、あんた」
 緩く波打つ藍色の長い髪に、朱金の瞳。髪の色が濃いから、それが雪崩れかかる肌の白さが際立っている。それもロゼウスのような人間離れした蝋色というわけではなく、あくまでも健康的な白さだ。
 モラウィス公爵から贈られたドレスはさすがに男が着ることを前提にした作りのため、違和感を軽減する作りだ。しかしそれ以上に、普段から華やかではっきりとした顔立ちのシェリダンには美が匂い立つ。通常は王の気迫とも呼ぶべき威圧感が、女性の格好をすると途端に妖艶な色気を伴うから不思議だ。そして本人の反応はというと。
「当然だ」
「そこは否定しないのかよ」
「ふん、母親譲りのこの美貌、女装如きで衰えるはずもない」
 シェリダンはもともと、その美貌により先代国王に見染められた母親に生き写しだという。男としての彼も十二分に魅力的だが、気迫の全てが色香という言葉に還元されたかのようなこの格好を前にして見惚れるなというのもまた無理だろう。
「誰も衰えたとは言わないが……ねぇ、シェリダン」
 言いながら、ロゼウスはその格好のままでシェリダンの腕を引き、寝台に押し倒す。
「どうせ今日もやるんでしょ? だったら、その格好でやらない?」
 珍しく押し倒された形となるシェリダンが、これまた珍しく朱金の瞳をまん丸に見開く。
「冗談はやめろ」
「いや、本気」
「却下する」
「でもあんただって下、慣れてるんでしょ?」
 小首を傾げるようにして尋ねてくるロゼウスに、シェリダンは瞬間、絶句した。
 彼は確かに同性愛者だが、ロゼウスの前で誰かに抱かれている様子を見せたこともなければ、そんな話もしていない。せいぜいロゼウスが推察できる材料と言えば、過去に父親に虐待されていたと語ったあの一事だけ。
 祖国を侵略し、無理やり攫ってきては毎晩犯している相手だ。憎まれ、恨まれていても仕方がない。だからといって、自分にとって最も深い傷であるこの内容で心を引っ掻かれるとは思っていなかった。
 そんな考えが一瞬にしてシェリダンの脳裏を駆け巡った、だがそれはロゼウスの次の言葉で完全な杞憂だと知れる。
「イスカリオット伯がそう言ってたけど」
 ジュダ、お前かぁ――――ッ!!
「あの男……!」
 イスカリオット伯爵ジュダ卿はモラウィス公爵と同じく、シェリダンが国王になる際に身体を払って協力を求めた相手である。有能な分性質が悪く、ロゼウスが男であるということを知る数少ない人物の一人でもある。
 彼に対しての行為は、確かにシェリダンが「下」だ。だからと言って。
「ロゼウス、お前、あいつに何を吹き込まれた?」
「……ふふふ」
 ロゼウスの笑いはあまり愉快そうなものではなかった。男のプライドに関わる何かがあったらしい。
「と、言うわけでシェリダン。今日はあんたが下で」
「オイ待て」
「マンネリ防止策ということで」
「私が女装している時点ですでにマンネリとかいうレベルの話でもない」
 むしろマニアックの境地だ。とはいえそう思うのは恐らく衣装を贈りつけたモラウィス公爵や一般の人々くらいで、事情を知る人間たちから見ればロゼウスが男役シェリダンが女役でいつもと立場が逆転しているくらいの差しかないが。
 要するに彼らは普段から相当マニアックだ。
「いいじゃないか。それともあんたは、俺に抱かれる度胸もないってわけ?」
「その挑発には乗らないぞ。そんなところで男を計る基準はない」
「そうは言うけれど、俺も男なんだよ。たまには突っ込む側に回りたいと思うのは自然でしょ? それともあんた以外の奴とこっそりしていいわけ」
「なっ! それは許さん! 絶対駄目だ!」
「だったら――」

 で、すったもんだの末。

「今日だけだからな! 今日限りだからな!」
「はぁい」
「……はん! ここまで言ったんだ。これで私を気持ちよくさせられなかったなら指差して笑ってやるからな」
「ふん、そっちこそ後で吠え面かくなよ」
 Q、何の時間ですか? 
 A、夫婦の夜の行為前です

 ◆◆◆◆◆

 ローゼンティアにいた頃のように、男物の衣装をロゼウスは身につけている。モラウィス公爵としては女性の男装用に用意したらしい衣装は、だいたいロゼウスのサイズにぴったりだ。肝心なズボンの長さはそもそも半ズボンにガーターでニーソックスを吊っているタイプで、脚の長さを気にせずにいられる。
 一方のシェリダンは、華麗な深紅のドレス姿だった。特注の鬘もよく似合っていて、ぱっと見は女性にしか見えない。髪も服も濃い色である中、控え目に露出された抜けるような白い肌が目の毒だ。細身だが筋肉の綺麗についた均整のとれた体つきのはずなのだが、ドレスはその辺りをうまく隠すようなデザインとなっている。
 せっかく締めたばかりのネクタイを外して首元を緩めながら、ロゼウスは真上からシェリダンを覗き込んだ。やたらと楽しそうに。
 その、見た目ばかりは宗教が謳う天使のようであるが、実際は性質の悪い魔族以外の何者でもない笑みを見ながらシェリダンは慎重に口を開いた。
「……なぁ、ロゼウス。せめて位置は交換しないか? 見下ろされているのはどうにも落ち着かない」
「やだ。そう言って、あんた俺がこの手を離したら自分が突っ込むつもりでしょ?」
「ちっ」
 本日の「役割」分担についてまだ不服のあるらしいシェリダンが舌打ちするが、今日ばかりはロゼウスも譲らない。
「いったん口にしたこと、嘘ついたら駄目だよ、シェリダン」
「だが」
「あんたが俺との約束反故にするなら、俺も好き勝手するからね」
「……」
 好き勝手、すなわち浮気してやる不倫してやるいやむしろ他の男(女でも可)を本命にしてやる可能な限り引っかけてハーレム形成してやるとの言葉にはさすがのシェリダンもそれ以上の口を噤むしかなかった。
「……まったく、女ですら抱き慣れてもいないお前が、私なんかを組み敷いて何が楽しいんだ?」
「だってイスカリオット伯が――……」
「ジュダが?」
 具体的に何を言われたかについてロゼウスは白状しない。しかしよほどそのジュダに言われた言葉とやらに思うところがあったようで、とにかく、と強制的にお喋りを打ち切った。
「今日は、俺が、あんたを抱くの」
鳩の血色の深紅の瞳でシェリダンを射抜くと、そのまま顔を近づけた。唇が触れあう頃に、ゆっくりと雪色の瞼の下に瞳を隠す。
「ん……」
 主導権を握らせろというロゼウスの言葉に、ここまで来たら意地悪いくらい素直に従ってシェリダンは何もしない。ただひたすら受身にその口付けを受け入れる。普段とは逆に、ロゼウスの方から舌を絡めてくる。
「ん……ふ……」
 その様子は真剣で、どこか必死だ。薄眼を開けてそれを確認し、シェリダンはまた瞳を閉じて、求められる感触を堪能する。
 そう、たまにはいいかもしれない。彼を無理やり攫ってきたのは自分だ。行為を強制し、取引と言う名の見えない首輪で彼を繋ぎとめているのも。この関係を望んだのは一方的に自分の方で、求めるのはいつも自分からで……それを。
「あのロゼウスが……」
「何?」
「いや……」
 求められれば男の性として一応応えはするものの、決して自分からはこの関係を望んだことのないロゼウスが今、彼の方から自分を求めている。何よりもその事実にこそ、シェリダンはぞくりと甘い痺れを感じる。
 キスの後は何をするか考えていなかったらしく、唇を離したロゼウスはしばし放心している。荒い息をつきながら瞳を潤ませる彼は、男物の衣装を着ていようがシェリダンを組み敷いていようが、いつもと同じに艶やかだ。
 ぶっちゃけシェリダンとしてはそれを見ているだけで勃ちそうなのだが。
「どうした、そんなものか? 今から役目を換わってくださいと言うなら換わってやるぞ」
「冗談……絶対啼かせてやる」
 ドレスの胸元を開き、鎖骨に口づける。普段とは逆に所有の証をその肌に刻みながら、ロゼウス自身は服を着たまま、シェリダンのドレスを適当に肌蹴させた。
 露わにされた胸に指を伸ばす。
 赤い突起を、ロゼウスはいつも自分がされているように指で弾いた。シェリダンがぴくりと身じろぎする。
「感じてるの?」
「は……お前はどうなんだ? いつも私が触るたびに嬌声をあげるのはそちらの方だろう」
「っていうことは、感じてるんだね」
 蝋のように白い頬を同じ辱めに染めながら、それでも嬉しそうにロゼウスが呟く。赤い瞳が情欲に濡れている。
 白ばかりが多く二つの瞳だけが赤い顔にもう一点、赤が増えた。伸ばされた舌が、指先で抓んだのとは逆の突起を舐めあげる。
「ん……」
「ふ……」
 シェリダンの唇から、小さく声が漏れる。それに気をよくして、ロゼウスはぺろぺろと舌を使う。更に下半身へと伸ばした手で、ドレスのスカートをまさぐり、中へと手を差し込んだ。
「なんか、ものすごく悪いことをしてる気分に……」
 いつもロゼウス自身がされていることではあるのだが、やる側に回るととてつもない背徳感に襲われる。
「それがいいのに」
「変態だ……」
「今やっているのはお前だ」
 そう言われてしまっては返す言葉がない。
「何なら今からでも換わって」
「もらわなくても結構」
 諦めの悪いシェリダンの言葉に逆に刺激され、ロゼウスは更に奥深く手を差し込む。ものに触れた途端、先走りで指先が濡れた。
「もう、濡らして……」
「お前がそんな顔をするのが悪い……」
 熟れた林檎のように頬を染めながら、指先に触れた先走りの液を絡めとる。固く閉じた後ろの蕾へと、つぷんとその指を差し込んだ。
「うぁ……」
 指一本とはいえさすがに挿入の段になれば冷静を装ってもいられず、シェリダンが声をあげる。ロゼウスのような甲高い嬌声ではないが、圧迫感と背徳的な快感を堪えようとする掠れた響きは悩ましい。
 上気した頬と、寄せられた眉根。長い髪の鬘のせいで、そうと知らなければ十分に女性に見える。
 後ろを苛む指の数を増やす。熱い内壁を探るうちにいいところをあてたらしく、ビクンと身体が跳ねた。
「ここ?」
「う……うるさい」
「でも、ほら……ね……」
「ふあ……」
 前立腺を擦られては、快感を堪えるのも難しい。零れる声。漏れる吐息。内股を濡らす先走り。
 上から見下ろすロゼウス自身の下半身にも、すでに十分に熱が集まっている。ズボンの前を寛げて高ぶった自身を取り出した。
「ね……シェリダン……舐めて……」
 普段はされることこそ黙って受け入れるだけのロゼウスであるが、自分は強要されても他人に対しては決して強要しないような行為を本日は口にする。
相手の顔の前に立ち、すでに硬くなってきているものを突き付ける。ちっ、と一瞬舌打ちしたシェリダンが、片手で顔の横の髪をかきあげてから、言われたままに指を伸ばす。赤に指先の白が映えた。
「ん……く……」
 伸ばされた舌が、燃えるように熱い。十分熱が集まっていると思っていたものとは違う温度で、その落差が酷く鮮やかだ。
 彼のものを咥えこんだ赤い唇の端を、ぬめる液体が伝う。欲を吐きだす直前で舌を離させて、ロゼウスはシェリダンのドレスの裾を大きくまくりあげた。脚を自分の肩の上に乗せ、先程解しておいた後ろの蕾の縁をなぞる。
 びく、と微かに揺れた体に宣言した。
「……いれるよ」
「うあ、」
 ずぷ、と酷く生々しい音を立てて自分のものが少年を犯す。強く締めあげられて、挿れたロゼウスの方が眉根を寄せた。
「は……きつ……」
 背筋に熱い手が回された。吸血鬼の体温は人間に比べて随分低い。ロゼウスからすれば、シェリダンの手は燃えているような熱さだ。その手が背を回り、肩を抱く。ぞくりとするような熱に包まれる。指の力は強く、引きずり込まれるようにガクンとロゼウスは頭一つ分彼に近づいた。
 至近距離で向き合う彼は随分と余裕のない表情をしているように見える。いつもと同じだが、少し違う。どう言えば言い表せるのか、ロゼウスにもよくわからない。
「……何故、そんな顔をする」
「え?」
 この体勢やら状況やらを不思議に感じていたのはロゼウスだけではないらしく、シェリダンまでもがそう尋ねてきた。
 身体の芯と、その対極にある肩甲骨の辺りと、両方に燃えるような熱を感じて蕩けてしまいそうだ。
「いつもと表情が違うな。いつもの方が……乱れている」
「なっ」
「やはりお前は抱かれる方が好きなんじゃないか?」
 意地の悪い言葉を発する唇が憎い。――憎い?
 抱きしめられた肩と熱の集中した下腹部が熱くて、他の部位は逆に病を得たような寒気を感じる。
「ち、がう……」
 ロゼウスはキッと眦を吊り上げ、予告もなしに動き出した。
「おま……!」
 シェリダンが目元を引きつらせた。すぐにそれは内側から寄せる快楽の波にとって代わられるが。
 唇が何事か囁いた。
 不器用に身体をぶつける音と、混じり合った体液の立てる濡れた音に紛れて、それは人の耳には蚊の啼くほどの声として消えていく。ヴァンピルであるロゼウスは聴覚も人間以上だ。その声は聞こえていたけれど。
 強いて聞こえない振りをした。
「あ、ああ……っ!」
 喘ぎ声もそこに混じる快楽も苦痛も、それ以外の何かも、聞こえない振りをした。それでも駄目ならせめて自分の声ででも、自分の注意力も相手の耳もひこうと。
「シェリダン……」
 だけどそのための言葉には、たった一つこの名前しかロゼウスは思い浮かばなかった。

 ◆◆◆◆◆

 翌日。
「で、結局ロゼとシェリダンは昨日何を喧嘩していたの?」
 無邪気に尋ねてきたロザリーに対し、ローラは言葉の代わりににこやかな笑顔で答えた。砂糖のたっぷりかかったパイを切り分けながら一言。
「世の中には知らない方がいいことって、ありますよね?」
「……そうね」
 ロザリーは大人しく、お茶の時間を楽しむことにした。

 ◆◆◆◆◆

 で、またある日。
 たまたまシェリダンに用があると城へ尋ねてきたイスカリオット伯爵ジュダとユージーン侯爵クルスの二人を、たまたま廊下でばったり行き会ったロゼウスは案内していた。
 シェリダンのいる執務室へと繋がる廊下を歩きながら、ジュダが思い出したように口を開く。
「そう言えば妃陛下、最近どうです?」
 青年は爽やかに微笑むが、彼に関してはそんな時ほどろくでもないことをロゼウスは知っている。
 不敵にどこか挑戦的に、ジュダは言った。
「シェリダン様もまだまだ若くてお可愛らしい方だ。特に私の『下』にいる時などは」
 本来家臣であるはずのジュダがシェリダンを「下にいる」などと表現することはない。彼らの関係でそんな風に言うとすれば、意味は一つしかない。
 並んで歩く二人の背後で、一人腕いっぱいに書類を抱えているために遅れて歩いていたクルスが顔を引きつらせる。
 そして本日のロゼウスは、ジュダの言葉にさらりとこう答えた。
「そうだね。『下』にいるときのシェリダンはいつもと違って、冷静を装っててもふとした瞬間に表情を崩して余裕を失うのがたまらないよね」
 その言葉を聞いてしまったクルスが何もないところでこけた。バサササーと雪崩を打った書類が、ひらひらと宙を舞う。
 一方ジュダはジュダで驚いた顔をしていた。クルスのように派手に行動には出さないものの、眉をあげて感心したような顔を作る。
「へぇ。試していたとは正直意外だな。妃陛下もなかなかやりますね」
「侮ってもらっちゃ困る」
 近くを通りがかったメイドは、何の話だろうと首を傾げている。そして廊下の途中で書類をぶちまけて転んだ様子のクルスを発見すると、慌てて彼が拾うのを手伝い始めた。
 数日前のことである。
『陛下とは仲良くされていますか? ロゼ様』
『それをあんたに言う義理もないと思うけれど? イスカリオット伯』
『おや、そうですか? けれどシェリダン様もお若い青少年でいらっしゃいますし、私もよろしくさせていただいている以上、気になるのは当然でしょう?』
『それはどういう意味?』
『おや、わからないということはないでしょう? 小柄で可愛らしいあなたは上から覗きこまれるのがお好きなようですが、私からしてみればシェリダン様も十分可愛らしい』
 遠まわしな言い方に気付かないようなロゼウスではない。ジュダの言い様に露骨に顔をしかめてみせた。
 しかし本題はこの後である。
『あなたと私では、覗き込む者と覗きこまれる者と言うことで、どうやら役割が違うようですね。でしたらあの方自身を覗き込む人間としては、やはり私も当分お役御免とはならないようで安心しましたよ。こう言ってはなんですが、あなたお一人では足りないでしょうから。あなたが陛下とそういう立場でなさらないのであれば、私もあなたにできないことをするという意味で、あの方と仲良くさせていただいても、よろしいですよね?』
『……誰が足りないって?』
 そしてあれを経て、現在に至る。
「シェリダンの相手は俺一人で足りるようですから、イスカリオット伯はどうぞあいつではなく、ご自由に好きな方と仲良くされればよろしい」
「へぇ……」
 ジュダが口角をあげる。
「その宣戦布告、受けて立ちますよ」

 ◆◆◆◆◆

 贈られた衣装は一日、正確には一晩ですでに使い物にならなくなった。あんな風に着たまま行為に及べば当然だ。
 赤いドレスに白い液が乾いてこびりついている。夜の闇の中でそれを眺めた。
 身体を重ね合わせた直後。
 ロゼウスはすでに、深い眠りに着いている。その気を出せば人間より余程頑強な種族なのだが、その気の出し方が問題だとも言っていた。人間界で人に混じり生きていく魔族は人間以上の実力をひけらかすことはできないようになっている。それは生命の危機にでも直結しないと発揮できない。
 そして何より慣れないことをして疲れたというのもあるのだろう。蝋のように色白な肌は元からで、浮かぶ表情は穏やかだ。
 いつもは取引により、シェリダンが求めれば応じるだけのロゼウスが何故今回は強硬にも自らが積極的に動くことを主張したのだろう。
 ジュダに何か言われたと言っていた。それをやけに気にしているようだった。けれど。
「私のことがどうでもいいのなら、そんなもの、放っておけばいいだろう……?」
 何故彼の言葉にムキになったりしたのだろうか。
 考えると、一つの答に辿りつく。けれど何も迷わずそれを選び取るのは、自惚れ過ぎているように思う。
 自分たちは敵同士だ。何もなければ交わることのなかった関係を、そういう形で自分が繋げた。傷つけた相手から優しいものを受け取ろうなんて、あまりにもだいそれている。
 だいそれているけれど。
「思ってもいいのか。お前が私を……」
 ロゼウスがジュダの言葉に対抗したのはシェリダンにとっての彼の存在を少なからず意識しているからで、それはつまるところ、多少はシェリダンのことも憎からず想っているからだと。
 答は出せない。恐らく永遠に聞けない。
 シェリダン自身には、聞きだす資格もない。
 だから今はただ、何よりもはっきりしている自分の想いだけを口にする。

「愛している」

 他の誰が何を言おうと、たとえいつか、この関係が変わろうと。
 それだけは、永遠に確かなことだから。

 了.