067

 コツコツと廊下を歩く音が聞こえる。
 ああ、また今日もそんな時間になったのか。
 現在は急ぎの仕事もないというから、夜になって執務が終わったのだろう。この部屋から出してもらえない身には、今が何時であるのかもわからない。
 そしてそんなもの知る必要はないと彼は言った。
 キィイ、と少し錆び付いた嫌な音を立てて扉が開けられる。
 僅かな明かりに照らされた室内は重く、息苦しい。部屋中に拷問器具が所狭しと置かれ、清潔にはされているのに、そんな感じが全然しない。
 洗ってもおちない血の染みや飛び散った脳髄の痕が床に壁に幾つも残されている。何代か前の、特に残虐と言われた王の趣味なのだそうだ。
 いかにも地下室なんかに誂えてありそうな拷問部屋だけど、その位置は城の地下ではなく、王の寝室からさほど離れていない場所にある。
 その部屋がもともとそこにあったというより、もとの部屋の中身を、それこそ絨毯までごっそりこの部屋へと移してきたのだ。鎖で相手を繋ぐことのできる寝台と、閉じ込めた相手の心理を磨り減らすような拷問器具の山と、鉄格子のはまった窓と。
 本当に地下牢などにロゼウスを移してしまえば、彼が通うのが面倒になる。そんな理由から部屋を移動させたのだ。
「待たせたな」
 かけられた声に、ロゼウスはゆっくりと相手を振り返った。
「シェリダン……」
 薄ら寒いほどの優しく微笑んで、彼が寝台の上のロゼウスに歩み寄ってくる。そっと頬に触れて、瞳を覗き込む。
「お前は、今日も美しい」
 言いざま、彼はロゼウスの首に嵌められた鎖を引いた。思わず体勢を崩したところに、乗りかかられる。
 金属の擦れる嫌な音がした。
「ぐっ……」
「いい子にしていたか? まあ、この状態では何ができるわけもないが」
 身支度は綺麗に整えられている。世話係に任命されてしまったローラが、シェリダンが来る前にはいつもちゃんと用意するのだ。
 今のロゼウスは首と両手足をヴァンピルの力を封じる銀の枷で戒められ、寝台に鎖で繋がれている。この枷は外そうと思えば簡単に外せるし、実際にローラに身体を現れて着せ替えさせられる際には、枷からは一時的に解放される。
 でも本当の意味で、ロゼウスがこの枷から解放されることはない。
 この枷の一つ一つが、シェリダンの想い。この鎖の一つ一つが、シェリダンの狂気だから……。
 たとえ枷を外したところで、銀の鎖からは逃れられても、シェリダンからは逃れられない。
 寝台に伏したロゼウスの右腕をとり、シェリダンは自分の方へと向けさせた。ロゼウスは腕一本で自分の体を支える不自由な体勢のまま、彼の口づけを受け入れる。
「ん……ふ……んんっ」
 舌先から口腔内を隅々まであますところなく堪能するような濃厚な口づけに、頭がとろける。
 気持ちよさと、ほんの少しの息苦しさは今の気分にも似ていた。どこにも行けない苦さは、どこにも行かなくていいのだというほんの微かな安堵と同じ香りをしていた。
「はぁ……シェリダン……」
 彼の唇は鎖骨にまで落ちて、もともと少なかった陽にあたることすらなくなった肌を啄ばむ。ちくんちくんと痛みを与えながら、赤い小さな痣を残していく。
 身じろぎしようと動いた瞬間、手枷に取り付けられた鎖がしゃらんとなって、ロゼウスの恍惚に水をさした。
 けれど逆に、シェリダンはくすりと口元を歪める。
「うあっ、あああああ!」
 無理矢理寝台に縫い付けられて、ロゼウスは色気も何もない悲鳴をあげる。覆いかぶさってくるシェリダンの足が股間を擦り、走った痛みになおさら苦鳴をあげた。
 シェリダンの手にドレスのスカートを捲り上げられて、ガーターの合い間から、男の性器を束縛する貞操帯が露になる。
「うっ、うっ……っ」
 脂汗をかくロゼウスの様子をぼんやりと眺めて、シェリダンが懐から鍵を取り出す。
「仕方がないな。我慢を覚えてきたようだし、そろそろこれも外してやろう」
 カチリと音がして、鍵穴に差し込まれた鍵がロゼウスを解放する。それだけで今日一日耐え忍んできたロゼウスはぐったりとしてしまって、シェリダンの腕の中で力を抜く。
 用済みの貞操帯を寝台の下に落としたシェリダンは、ロゼウスの耳元で囁きつつ、自由になったロゼウスのものに触れた。
「ひあっ!」
「まだだぞ、ロゼウス……」
 通りよい声が、うっとりさせるような響で残酷なことを言う。その綺麗な指先で、シェリダンは一日中戒められていたせいで腫れたものを軽く扱く。
「ひぃ、あ、痛っ……あ、ああ」
 痛みと共にぞくりと背筋に快感が走り、ロゼウスは自分を翻弄する感覚に戸惑う。
「お前は私のものだ。だから、私を楽しませるためにいるんだ」
「ああっ……!」
 手で擦られただけで達したロゼウスを酷薄な笑みで見下ろしながら、ふとシェリダンは涙の浮かんだその目元を舐めた。
「う、うう、ふ……」
「泣いているのか、ロゼウス」
 熱い舌先で涙を拭われるたび、逆に雫が溢れて止まらなくなる。
「すぐにもっと気持ちよくしてやる」
 涙を拭いきることを諦めて、シェリダンが頬に垂れてきた藍色の髪をかきあげながら身を起こした。朱金の瞳を猫のように細めて、ロゼウスの前に指を差し出す。
いつものやりとりに要領を得ているから、ロゼウスは何の躊躇いもなくその指を唇に含んで舐め始めた。紅い唇を歪めながら、シェリダンはその様子を楽しそうに見ている。
十分に指先に唾液を絡めたところで、もういいと声をかけられた。大人しく指を離すと、シェリダンはそれを焦らすことなく、ロゼウスの後ろに差し入れる。
「ああっ……」
 待ち望んでいた快感に、歓喜の声が漏れた。つぷんと中にもぐりこみ内壁をかき回す指の感触に、ぞくぞくとした悦楽が全身を駆け抜ける。
「そんなにいいのか? ローラに持たせたあの薬は効いたようだな」
 今日の昼頃、ロゼウスは侍女のローラに言われて怪しげな紫の小瓶に入った液体を飲まされた。変な味のそれを飲んで以来、身体が疼いて止まらなかった。
「媚薬の一種だ。飲んだ方がお前も気が休まるだろう」
 それまではなんとか耐えてきたけれど、行為に入った途端意識が急速にぼんやりとしてきた。慣れ親しんだ疼きを感じるのに貞操帯のせいで自分で処理することもできなくて、本当に苦しかった。
 指で中をかき回しながら、シェリダンはロゼウスの胸元に唇を寄せる。すでに硬くなった赤い尖りの先を口に含んで、刺激する。それがまた新たな快感の波を生んで、声が止まらない。
「うぁ……ああ、ん。ん……シェリダ、ン……」
「もっと溺れろ、ロゼウス」
 唾液の糸を滴らせながら、シェリダンが顔を上げる。胸元への刺激が止んで、ロゼウスは思わず物足りないような声をあげてしまう。
「もっと。理性なんか失くすくらい。お前に心などいらない」
「あ……」
 後からも指が引き抜かれて、じれったさに顔が歪む。
 シェリダンは一度ロゼウスに口づけてから、十分に慣らした場所へ自分のものを挿入した。
「あ、ああっ、ああああ!」
「ふ……」
 待ち望んでいた感覚に、喘ぎが抑えられない。足を抱えあげられて、より深く貫かれる。
 ぐちゃぐちゃと濡れた粘膜をかき回す卑猥な音と共に、理性が蒸発する。
「ああ……、シェリダン……っ」
 ぽろぽろと涙を零しながら名前を呼べば、直前の苦しげな表情の中で、シェリダンが僅かに頬を緩める。
 濁った精を吐き出してお互いに寄りかかるような形で浅ましい欲望から解放されても、なかなか肌の熱は冷めなかった。ロゼウスを腕の中に抱きしめながらシェリダンが。
「そうだ……それでいい。ロゼウス。お前は私だけを見ていれば……」
 前髪をかきあげ、汗をかいたこめかみに口づける。
「ね、ぇ……」
「ん?」
「いつ、まで……こんなこと続けるの?」
 ロゼウスとしては当然の疑問だと思うが、シェリダンは逆上したようだ。
「ぐっ」
 首輪につながれていないむき出しの部分の首を絞められる。
「お前は……っ、まだそんなことっ」
「く、ぅ……」
 体中を蝕む倦怠感と銀の手枷のせいで力が出ない。このままじゃ本気で絞め殺される。
意識を失う直前でようやくシェリダンが手を離す。
 駄目だ。もう、どうやっても自分には彼を止められない。このままじゃいつか自分は、シェリダンに殺される。いや……。
 死ぬことすら容易くできないぐらい、彼に壊されてしまうだろう。
 解放されて咳き込むロゼウスに、シェリダンが低く告げる。
「愛している、ロゼウス。誰よりも」
 その愛はあまりに深くて、暗い。


068

 先日、ヴァートレイト城で王と王妃に何があったのか。
「決まってるじゃん、そんなの。ロゼウスが何かやらかしたんだよきっと」
「ちょっと! そうやってすぐ決め付けないでよね! 何でもかんでもロゼのせいにするのやめてよ!」
「じゃあ、あの事態をどう説明するのさ。僕らだって困ってるんだ。シェリダン様バートリ公爵の城から戻ってきて以来、全然今までと様子が違うんだもん」
「だからってねぇ!」
 眼の前で喧々囂々とエチエンヌとロザリーが喧嘩をし始める。部屋の隅には、この状況に戸惑う様子でミザリーとミカエラが立っていた。
「いつも……こんな感じなの?」
「そうですね。エチエンヌとロザリー姫に関して言えば、毎回このようなやりとりをしています」
 リチャードはミザリーに問われて、そのように返した。世界一の美姫と名高いローゼンティア第三王女は、シルヴァーニ人の奴隷少年と普通に話している妹の様子が耐え難いらしい。
「どうでもいいから、僕らにもわかるよう説明しろよロザリー!」
「何よミカエラ、それよりもあんたたちがロゼウスにあったことを話すのが先よ!」
「まあまあ、落ち着いてくださいお二人とも……リチャード、君もなんとかしてください」
 ユージーン侯爵クルス卿の救援要請に応じて、リチャードはロザリー姫を背後から羽交い絞めにした。姉姫より小柄な弟王子の方は、クルスに羽交い絞めにされている。
「くっ、放せ無礼者! 薄汚いエヴェルシード人風情が、僕に触れるな!」
「う、薄汚い……」
 その言い方にショックを受けたようで、クルスが思わずミカエラを放す。解放された王子はそれ以上暴れる気もないようで、さも気位が高そうに鼻を鳴らした。
「……薄汚いって……」
「あんまり気にしない方がいいですよ、ユージーン侯爵」
 ローラが落ち込むクルスの背を撫でて慰める。
 リチャードは部屋の惨状を眺めて、どうしようかと頭を悩ませた。クルスは落ち込んでいるし、ローラはそれを慰めているし、エチエンヌは積極的に話し合う気はなさそうだし、ミカエラはそっぽを向いているし、ミザリーは興味がなさそうだし、ロザリーは怒っているし……どうしようか。これだけの人数がいるのに、誰一人話し合いの場を持つ雰囲気を作り出そうとはしていない。
「あー、やっぱり大変なことになってましたね」
「イスカリオット伯、バートリ公」
 部屋の扉を開けて、新たに二人の人物がやってきた。
「ハデス卿はいったん皇帝陛下への定期報告がどうのって帰りましたけど、まあこれだけいれば情報交換には十分でしょう」
「あら……ジャスパー王子は?」
 椅子を整え始めるジュダを手伝っていたリチャードは、エルジェーベトのその言葉に首を傾げる。
「ジャスパー王子? とは……」
 リチャードは初めて聞く名だったが、ローラやエチエンヌは心当たりがあるらしい、双子は顔を見合わせて、心なしか部屋の隅のミザリーやミカエラの顔色を窺いながら答えた。
「あ、そういえばもう一人のヴァンピル」
「この前シェリダン様たちが帰って来たときに連れてた、奴隷だっていうもう一人の? 地下牢辺りに監禁してますけど……」
「ええ!? ちょっと、ジャスパーまでここにいるの!? どうしてそのこと黙ってたのよ!」
 そこでロザリーが騒いでもう一悶着起きそうなところを、リチャードは何とか治める。
「とにかく、一度情報を整理してみませんか。あの方々に、何があったのか」
 シェリダンがロゼウスと新たなローゼンティア王家の人々とシアンスレイト城に戻ってもう三日になる。城で留守を守っていたリチャードたちと、それまで短いが強行軍の旅に衰弱させられたために休息していたミカエラとミザリーとも、きちんと顔を合わせるのはこれが初めてだ。
 その間、一つの異変があった。とは言っても大きな事件、というわけでもなく……いや、ある意味十分大きな事件なのだが……シェリダンのロゼウスに対する態度がいきなり変わったのだ。
「……ロゼウス王子は今どうしています?」
 ジュダに聞かれて、リチャードは首を横に振る。
「城の一室に監禁されて……世話はローラがしていますが……」
 その部屋であったことを幾度聞いても、彼女はそれまで口を閉ざしていた。けれど城に帰ってきて開口一番発したシェリダンの様子から、なんとなくその状況は察せられる。
 馬車から降りて城に戻るときも、シェリダンは砕けそうなほどきつく、ロゼウスの手を握っていた。
『鎖を用意しろ、リチャード。全て銀製で……美しく、堅牢な首輪を』
『陛下』
 ロゼウスはただ俯いて、シェリダンのその言葉を聞いていた。されるがまま大人しく、彼の言うとおりに一室に監禁されて。
 何故シェリダンはいきなりそんなことをしなければならなくなったのか。
「教えて下さい。バートリ公爵。イスカリオット伯」
「……知らないわよ。陛下の心境の変化なんて」
「バートリ公爵」
「ただ、私たちがあの場でわかったのは、ロゼウス王子がどうやら虐待を受けていた形跡があるってことだけ。それを知った後、陛下の様子が変わったってことだけ。ああ、ついでに何故か、奴隷市場でジャスパー王子を拾った後、ますます陛下の機嫌が悪くなったわ」
「虐待……?」
 その言葉に、ロザリーとミカエラがぽかんと口を開けた。
「ジャスパーが奴隷って……でも、いいわ。とりあえず今はあの子のことは後回しよ。ちゃんと助けてくれたんでしょ?」
「ちゃんと、かどうかは微妙だけど、とりあえず地下に閉じ込めてるよ」
「そのぐらいでへこたれるヤツじゃないから大丈夫。それより、ロゼウスが虐待されてたって何? 私知らないわよそんなの。ねぇミカ」
「うん、だって、そんな……あの家にロゼウス兄様を傷つける人間なんて」
「結構いるでしょ」
「ミザリーお姉様!」
「ロザリー、ミカエラ。あなたたちは歳も下の方だし、王位継承順位も低いからあんまり知らないだろうけど、うちの家は結構その手のことに関してはどろどろしてるわよ。実際、第二王妃がドラクルと間違えてロゼウスを殺そうとした事件があったじゃない」
「あれは……でも、ドラクルは一人だけ変人なのよ! あんな性格してたら、一度や二度くらい殺されてもおかしくないでしょうが!」
「その殺されてもおかしくないあくどい男が、兄妹の中で一番手塩にかけてたのは誰?」
「……っ!」
 ミザリーの言葉に、ロザリーが顔色を変えた。
「……こんなことがあったから思い出したけれど、昔、アンリ兄上が何か言ってたわ。ドラクルのロゼウスの構いようについて、あんなことさせるのは間違ってるとかなんとか……その時は気にしなかったけれど、今考えてみれば、もしかして」
「そんな……ドラクル兄上が」
 ミカエラが明らかに落ち込む。新しく来たヴァンピル王家の人々は、これまでのロゼウスやロザリーに比べれば、たぶん大人しくて、幾分扱いやすい性格なのだろう。
「皆さん、それで――」
 完璧にとは言わないが、やはりバートリ公爵領で起こった何かにより、シェリダンのロゼウスに対する態度が変わったということがわかった。けれど、それ以上のことを突っ込むのなら、本人に直接聞くしかない。
 だからと言って、今の不安定な状態のシェリダンに聞いても素直に答えてくれるわけもない。何かこの面々でできることがないだろうかとリチャードが言いかけた矢先のことだった。
「リチャード様! エチエンヌ様!」
 扉を開けて、警護兵が駆けつけてきた。
「何事ですか?」
 リチャードが尋ねると、その兵は蒼白な顔で報告する。
「地下に閉じ込めていたヴァンピルが、脱走しました!」

 ◆◆◆◆◆

 兄様、兄様、僕の兄様。
 エヴェルシード王都にある城の地下の牢獄の中で唇を噛む。噛み締め過ぎた唇が破れて、錆びた鉄と同じ血の味が口の中に広がった。
 兄様……ロゼウス兄様。
 せっかく会えたのに、すぐにこうして引き離されて。側にいたいのに、一緒にいられない。
(……シェリダン王……あの男)
 憎い男の姿を思い出す。夜闇の藍色の髪、猫科の獣のような朱金の瞳。息を飲むほどに美しい少年王。ジャスパーたちの国を滅ぼした男。
 悔しさに涙が出そうになる。馬車の中で、わざわざ僕に見せ付けるように兄様に口づけた……。
(ふざけるな……絶対に許さない。お前などに、兄様は渡さない……)
 ロザリーが一緒にいるとのことだったが、どうして王家でも随一の実力を持ちながらあの人はロゼウスを守ってくれないのか。エヴェルシードの虜になんて、なっている場合じゃないのに。
(ここから出なきゃ……)
 誰もいない牢で、ジャスパーは小さく呟く。いや、正確には呟こうとした。声はあの黒髪の少年に封じられて、まだ出すことはできない。
見張りはこの少し上の踊り場にいる。あまり近付きすぎるのも厄介だからと、わざと囚人からは距離をとっているらしい。
 賢明な判断だが屈辱だ。ジャスパーは囚人などではない。
 あの男が、エヴェルシード王シェリダンがローゼンティア侵略など行わなければ、ジャスパーもロゼウスも父母兄妹たちも国民もみんな、ずっと幸せにいられたのに。
 こんなところで罪人のように閉じ込められる必要もなかった。
 何とかしなければ。ここから出て、ロゼウスを助けなければ。
 そのためなら、どんなことだってできる。
 ジャスパーは銀の首輪を嵌められてあまり力の出ない腕で、精一杯牢の鉄格子を揺らした。案の定響いた音に驚いて、見張りの男が降りてくる。
「おいっ、どうした!」
 ジャスパーは牢の中に蹲って、ゆっくりと見張りの兵士を振り返った。
「うっ」
 涙目で見上げると、男は怯んだように足を止めた。ジャスパーは鉄格子に縋り付いて、赤い顔と潤んだ瞳で男を見上げる。唇を数度開いてみせると、何か言いたいのだと察した男が恐る恐るのように近付いてくる。
「お、おい、どうしたんだ? って言っても、そういえば確か、お前、声が出ないんだったよな……あーあ、いくらヴァンピルだってこんな可愛い王子にこんな扱い、可哀想に。国王陛下も何を考えてるんだかなぁ……」
 今は丁度休み時で通常なら二人いるはずの見張りが一人しかいないらしい。不敬罪に当る発言を堂々とする男の様子に手ごたえを感じ、ジャスパーは鉄格子の隙間から男の股間に手をのばす。
「っ! 何するんだ!?」
 ジャスパーの唐突な行動に仰天した男が、思わず後ずさる。ジャスパーははしたなく膝を開いて自分の股間に手を擦り付けるようにして座り、羞恥で真っ赤になった顔と、荒くなり始めた息を男に向ける。
「ま、待て……お前、もしかして……」
 男を誘うやり方なら、あの人買いたちにさんざん教え込まれた。気絶するほど無理矢理抱かれ続けたあの屈辱の経験を、こんな場面で役立てずにいつ使う。
 ジャスパーの手の位置を見て、男は察したようだった。もともと軍事国家であるエヴェルシードでは、他の国より男色に寛容だ。女性を連れ歩かない軍隊を作るこの国では、当然出征中は男同士で慰めあうことが増えるのだと言う。普段なら知りたくもなかった知識だが、今は都合がいい。
「お前……何か変な薬でも飲まされたのか? 陛下が買ってきた性奴隷だって話だけど……なぁ」
 ジャスパーは自分で服の裾を巻き上げて、自分の乳首を弄り始める。痴態にぎょっとすると共にごくりと唾を飲み込んだ兵士に、物欲しげな視線を向ける。もう一度近付いてきた兵士がズボンの前を開けるのを見て、気づかれないようほくそ笑んだ。
「男が欲しいのか、ほら」
 鉄格子越しに差し出された男のものを、ジャスパーは躊躇いなく口に含む。舌を使って淫猥に舐めとりながら刺激してやると、男は職務も忘れて行為に没頭し始めた。自分のものを咥えさせながら、ジャスパーの体を弄り始める。荒々しい手に乳首を抓られて、込み上げる嫌悪感を堪えた。
「へへっ……大層な淫乱だな」
 これぐらい耐えられる。兄様のためなら、これぐらい。
「同じヴァンピルでも、王子や王女って連中はシェリダン様に大層大切にされてるのに……なぁ」
 大方、もともとここに連れられてきた他の王子王女に欲を抱いていたのだろう男は、喜んでジャスパーを犯し始める。
 男がぎりぎりまで昂ったところで、ジャスパーは口から男のものを放した。
「おいっ、ちょっと待て! こんなところでやめる気か!?」
 口淫を中断されて達することができなかった男は、ジャスパーに怒鳴った。その声を意にも介さず、ジャスパーは自分のズボンを下ろして、男に背中を向ける。
「おっ」
 最大級の屈辱を堪えて男に自ら尻を向ける体勢をとったジャスパーの意図を察して、男が下卑た笑いをあげる。
「なるほど……そういうことかよ。ここで本番までいっちまおうとはな」
 格子にぴったりと尻をつけたジャスパーに、男のものが突きつけられる。だが。
「ちっ! この鉄格子が邪魔だな」
 太い鉄格子に阻まれて、先端しか入らない。ジャスパーはじれったい演技で尻を下ろし、男を涙目で見上げた。
「お、おいっ、そんな目で見るなよ。苦しいのは俺だって同じなんだからよ……」
 ジャスパーは自分の指を舌で濡らし、それを後ろに押し当てる、禁断の場所に触れたぞくりとする感覚を隠そうともせずに男の前で痴態を披露すると、ますます男が焦りを深めた。
「待て待て、一人で楽しむんじゃねぇよ……っ! くそっ、こうなったら」
 男が懐を漁り、牢の鍵を探し出す。その隙にジャスパーは、素早く服を着込んだ。
「よしよし、今楽にしてやるからな……うわっ!」
 カチリと小さな音をさせて錠が上がったのを合図に、ジャスパーは兵士を突き飛ばして牢の外へ出る。階段を昇り始めたところで、突き飛ばされて放心状態だった男が我に帰り叫んだ。
「ヴァ、ヴァンピルが逃げたぞ――っ!!」
 叫びに気づいた他の兵士たちが負ってくるが、銀の首輪を嵌められていようとも、ジャスパーだってヴァンピル王家の者だ。人間の兵士など敵じゃない。
「くそっ、この」
「誰か捕まえろ! 牢に戻せ!」
「絶対に出してはならぬとの陛下の命令だったんだぞ!」
 追ってくる兵士をかわしながら、ロゼウスの気配を辿る。この城の中にいるのは確実なのに、場所がわからない。
「リチャード様!」
 ふいに誰かの名前が呼ばれたかと思うと、身体のすぐ横に剣戟が走った。
「エチエンヌ! 後を!」
「はい!」
 ジャスパーに剣を向けていたのは、エヴェルシード人の見知らぬ青年だった。どことなくこれまで会った兵士たちとは違い、貴族のような品がある。彼の言葉に応えてジャスパーの退路を塞いだ金髪のシルヴァーニの少年は、何度か見た事がある。
 この二人は今までの兵士と比べて格段に強い。青年の素早い剣技をかわすうちに、足が動かなくなって床に倒れた。気がつけば足首に細くて強靭なワイヤーが絡まっている。その先は金髪の少年の手に握られていた。
 これまでかと歯軋りすれば、また新たな足音が響いた。
「陛下」
「シェリダン様」
 やってきた人物の姿を見て、収まりかけていた憎悪が甦る。エヴェルシード王。
 許さない、お前だけは。
 動かない体を無理矢理捻って鋭い爪の先を繰り出すが、簡単にかわされた。そうして、服の襟元を掴まれて激しく床へと叩きつけられる。
「ジャスパー! ちょっとシェリダン、弟に乱暴しないでよ!」
 彼の後から現れた……ロザリーが悲鳴をあげた。
「ふん、どうやったものかは知らぬが、よくも牢から脱出したものだな」
シェリダンは意にも介さず、床に押し付けたジャスパーを睨み付ける。
「本来なら兵士たちの肉便器にでもしてやるところをロゼがあまりにも哀願するものだから監禁程度に留めてやったというのに……これは仕置きが必要だな」
 勝手なことを。
 次の瞬間、言葉にならない衝撃が来た。睨み付けるジャスパーの腹に一発見舞って、咳き込んだジャスパーをシェリダンは抱き上げた。
「陛下、その方は」
「不始末を仕出かした兵に減俸処分を食らわしておけ、リチャード。これの始末は追って言いつける」
 そして彼は、ジャスパーをこれまでとは違うどこか別の部屋に連れて行った。


069

 夢を見る。
 夢を見る。夢の中で、過去の出来事を反芻する。
 私の四肢を封じて覆いかぶさる男の姿。白い髪、紅い瞳。こんなに顔立ちだって似ている。
 父上。
 私の首を絞めるその手。
『……何故だ』
 そんなこと私が聞きたい。
『何故……何故、お前は――ではない!』
 悲鳴のようなその叫びを、私は遠ざかる意識の中で聞いていた。私を抱きしめて泣き続けるローゼンティア国王。
『何故だ……』
 夜毎私を招いては傷つけるその手指。鞭を振るう腕。服を脱がせて見えない場所に痣をつけ、それもすぐに消えるのだからよいのだろうと何度も同じ場所を踏みにじる。
 意識を失いそうな激痛に耐えて涙でぼやける視界が反転し、気持ちの悪い愛撫の末に身体を引き裂かれる。
『クローディア。この裏切り者。何故、こんな……』
『あなたが悪いのよ! あなたが……私を愛してはくださらないから!』
 私をさんざん踏みにじった後はいつものように母上を罵り。それは彼女に直接言う事もあれば、陰口を叩くだけの時もあった。
『王子殿下』
 優しい手。
 悲しくなるほど温かいそのぬくもり。
 だから私はあの女を遠ざけた。ローゼンティア正妃クローディア付きの侍女にしてロゼウスの乳母となったあの女を。
『何故なんだ』
 寝台の上で無理矢理犯されながら、頬に感じる父上の涙。ローゼンティア国王ともあろうものが、みっともなく泣きじゃくって。
 けれどそれも最初の頃だけだ。
 後になればなるほど、彼の決意は固くなっていった。私を捨てる決意を固めていった。
 父上。
 この世界の誰よりもあなたが憎い。いや憎かった。私の手で殺した、もうこの世にいない人。
『……お前なのか』
 エヴェルシードが侵略してきたあの日、彼に止めを刺したのは私だ。いかなヴァンピルでも二度と復活できないよう死体に細工をした。
『お前なのか、ドラクル――!』
 歓喜の表情が一転して悲憤に変わる。
『ええ、私ですよ』
 躊躇うことなく心臓に銀の刃を刺し、死体から抉り出した。その時の父上の表情。私が貴方を助けるわけなどないのに。一体何度裏切られたら懲りるのだろう、あの人は。あなたを救うものなど、いない。
 怒りと悲しみに彩られた父上の顔が、彼とよく似た若い少年へと移り変わる。
『兄様――』
 ロゼウス。私の薔薇の下の虜囚。ローゼンティア国王ブラムス亡き今、私の最も憎い相手。
 父上。私はあなたからされた全てのことをロゼウスにした。今のこの状況は、元はと言えばあなたが引き起こしたことなのですよ。
 ……あなたが私を捨てたりするから。
 そこで夢が弾けた。
「ドラクル王子?」
 眼の前に愛らしいエヴェルシード人の少女の顔がある。濃紫の髪に黄金の瞳を持つ、エヴェルシード王妹カミラ殿下だ。
 ドラクルは頭を振って、自らの置かれた状況を思い返す。ここはイスカリオット伯爵ジュダの居城。ハデスと通じたドラクルはローゼンティアを出てジュダを計画に抱き込み、眼の前の少女をも仲間にして。
「……ああ、姫」
「うなされていましたわ。大丈夫ですか?」
「ええ。少し昔の夢を見ていただけですよ。大丈夫です。それより状況は?」
 ドラクルをどうもロゼウスと重ねている節のあるこの少女は、ドラクルのこともロゼウスを気遣うように気遣う。そもそもドラクルがこの少女と出会った切っ掛けは、ドラクルを見た彼女の一言だ。
『ロゼウス様……っ!』
 彼女がエヴェルシードの姫だということは情報を照会中だったのだけれど。その言葉が決定打になった。
 可愛いカミラ姫。可愛くて御しやすい、愚かな姫。
 あなたはエヴェルシード国王シェリダン陛下を揺さぶり、一度はかの国に渡したローゼンティアを改めて返してもらうための切り札。
「王城にはイスカリオット伯、ハデス卿が滞在しています。けれど、ユージーン侯爵とバートリ公爵もいるので直接攻め込むことはできませんわ」
「直接戦いを仕掛ける必要などありませんよ。何せこちらには、あなたがいる。あなたのそのご尊顔を見せ付けるだけで、エヴェルシード王を揺さぶるなど容易い」
 ドラクルは寝台から身を起こし、愛らしい姫君の頬を両手で包んだ。恥ずかしそうに頬を赤らめたカミラ姫の耳元で、そっと囁く。
「ちょうどいい舞台があるでしょう? そろそろこのエヴェルシードで」
「ちょうどいい舞台?」
「ええ。あなたがシェリダン王にも勝る優れた人間であることを示す、いい機会が」
「それは……もしかして、あれを言っていますの? 今月の半ばにある」
「そうですよ。それを利用してあなたが王家に返り咲く機会を作り出しましょう。そのための準備は私とイスカリオット伯で整えておきます」
 カミラは少し首を傾げ、けれどまだ何か心配事があるかのように視線を彷徨わせた。
「どうかしましたか?」
「あ、あの……言いにくいことなのですが」
「かまいませんよ。今更私に何らかの衝撃を与えることなど、あるはずもない」
「今……王城では、ヴァンピルに関する問題が起こっているのだとか」
「ヴァンピル? ロゼウスが引き起こしているのですか?」
「いいえ……その、シェリダンがバートリ領から帰る際に、なんでも奴隷を一人買ったのだとか。その奴隷がヴァンピルだという話なのですけど……奴隷市場に確認したところ、どうもローゼンティアの王子という触れ込みで売られていた奴隷らしいのです」
「おやおや。ちなみに、労働奴隷?」
「いえ……何でも玩具奴隷だとか」
 ドラクルはここにいるし、ロゼウスは王城。ミカエラもバートリ領から王城に移され、ヘンリーはカルデールが抑えている。アンリは所在が掴めていないけど、労働奴隷ならまだしも玩具奴隷として売られるくらいなら自ら舌を噛むだろう、あの弟なら。ウィルはそのアンリが面倒を見ているはずだし……。
「ジャスパーか」
「お心当たりが?」
「ええ。ちなみにその奴隷の外見的特徴は?」
「十四、五歳の……髪に何か宝石のようなものをつけていたそうですけど」
「決まりですね。ジャスパーだ」
 第六王子である彼の異名は宝石王子。髪を飾る紅玉がその由来だ。あれはロゼウスがつけてやったもので、ジャスパーは酷く気にいっていた。
 ジャスパーか。兄妹の中では一番大人しい性格だが、あの弟が密にロゼウスのことを想っているのはわかっていた。特に口に出すこともなかったようだが……ここ最近は、どこか調子がおかしかったようでもあるし。
「ジャスパーならば特に問題を起こすということは考えづらいのですが……」
「でも、地下牢に閉じ込めていたのを逃げ出したって」
「あのジャスパーが?」
 陰からそっとロゼウスの様子を窺うことしかできなかった内気な人形が、そんな積極的な行動をとるとは意外だ。王家でぬくぬくと育った子どもだから、突発的事態には弱いと思ったのだが。
「……意外だな」
「王城は今その騒ぎで……あの、シェリダンがどうやらその王子と激しく敵対しているらしく、噂になっているのですが」
「へぇ……では、少し様子を見ることにしますか。まあ、彼一人の行動でエヴェルシードのカレンダーが変わることもないと思いますが」
 行動的なジャスパーなど予想外だが、計画を邪魔するほどのこともないだろう。
「私も、シェリダンは自らがどのような状況であろうとも、外面を整えるのには余念がないと思います」
「ならば。計画通りに行きましょう」
 さあ、反撃の開始だよシェリダン王。
 ローゼンティア侵略と言うあなたの役目は終わった。この国とその玉座をこの方に明け渡し、ローゼンティアと私の大切な……愛しくて憎いロゼウスを返してもらおうか。
「さぁ、カミラ姫。あなたの出番ですよ」

 ◆◆◆◆◆

 シェリダンがジャスパーを抱えて連れて行ったのは、ロゼウスを監禁している部屋だった。
「ジャスパー!?」
 ジャスパーの姿に気づき、ロゼウスは驚いた声をあげた。ジャスパーは声こそまだ封じられていて出せないが、そのロゼウスの姿に目を瞠った。
 頬からは血の気が引き、肌にはまだ薄っすらと紅い痕が残っている。服は破かれ、裂け目から傷口が覗いていた。短いスカートにガーターという格好で、どれも酷い有様だ。口の端にも痣が残っている。
 一目で陵辱の痕だとわかる。
「……っ」
 名を呼びたいのに、声が出ない。ロゼウスへと手を伸ばそうとしたジャスパーを、シェリダンが阻止する。ジャスパーへと駆け寄ろうとしたロゼウスの動きは、その四肢を封じる銀の枷に奪われた。
「……っ、シェリダン、ジャスパーをどうするつもりだ」
「どうもしない」
 ジャスパーを部屋の隅の拷問具の手前まで連れて行って、シェリダンは無造作にその身を放り出した。不意打ちの痛みに蹲る手足をとられて、壁際の拘束具に拘束される。ロゼウスが顔色を変える。
「何をっ……」
「どうもしないと言っただろう。ただ動きを封じるだけだ。私がいる間は、こいつをお前と同じ寝台にはあげぬ」
 ジャスパーの体を壁の拘束具に、四肢を磔にするような形で拘束してしまうと、シェリダンは興味を失ったかのようにさっさとジャスパーから離れて寝台へと向かった。……ロゼウスのいる寝台に。
 シェリダンがロゼウスの顎を手で持ち上げ、自分と目を合わせさせる。
「シェリダン……朝方まで、やったばっかりじゃ」
「執務が早めに終わったからな。今日は十分に時間がある」
 見詰め合うだけで恍惚とした声をあげながら、彼は寝台に腰掛け、ロゼウスの白銀の髪を手で撫でるように梳いた。
「いつもよりずっと長く、遊んでやれる」
 彼の言葉に怯えるように、ロゼウスが狭い寝台の上で後ずさろうとした。けれど、銀色の鎖に阻まれる。その途中がシェリダンの手に握られているため、それ以上動けないのだ。
 銀色の瀟洒な細工が施された細工は美しく立てる音も涼やかだが、今はその涼やかさが何よりも絶望を煽る。僕の、兄様の。
「シェリダン……っ! だって、ジャスパーが見てるのに……っ!」
「だからだ」
 彼は構わずにロゼウスの耳に唇を寄せ、その内側を舐め始める。
「弟の眼の前ともなれば、燃えるだろう」
「なっ……!」
 ロゼウスは羞恥のために、ジャスパーは怒りのために真っ赤になった。暴れて何とか拘束を振り切れないかともがくが、一見錆びついているように見える拘束具は、思いのほか頑丈でびくともしない。
 ジャスパーの存在などないかのように、シェリダンはロゼウスだけに話しかけ続ける。一方ロゼウスの方は、しきりにジャスパーの方を気にしている。
「ロゼウス。お前が言ったんだ。奴隷であるこの弟王子を助ける代わりに、自分がこの部屋に入ると」
 びくん、とロゼウスの肩が揺れる。シェリダンの手を思わず振り払った。
 彼は構わずにロゼウスの手をとり、その指先を舐め始めた。
「ああっ……」
 紅い舌先に指先と言わずその股といわず甲と言わず舐められて、ロゼウスが抗議とは違う声をあげる。
「私に触れられただけで、もうこんな声をあげるくせに」
 シェリダンはやけに優しい仕草でロゼウスに口づけをすると、その朱金の瞳に酷薄な光を湛えて言った。
「私はお前の弟には、何もしないさ。ロゼウス。その分の代償は、お前が受けるのだろう」
「ん……」
 ロゼウスがジャスパーの方をちらりと見て、すぐに視線を背けた。
 兄様。僕のせいで、兄様が……
 死ねるものなら、今すぐこの場で舌を噛んで死にたいくらいだ。でもヴァンピルはそれくらいでは死なない、他の方法は四肢を封じられているこの状態では行えない。
 けれど。
「シェリダン、お願い、お願いだからそれだけはやめて。ジャスパーの……家族の目の前でなんて、そんなの嫌だ……!」 
 ロゼウスがシェリダンに押さえ込まれながら、必死で抵抗した。ジャスパーだって嫌だ。目の前でロゼウスが犯されるなんて。自分の目の前で、このエヴェルシード王のものになるところを見せつけられるなんて。
「断る。なんでもすると言っただろう。それとも、お前を解放する代わりにあの弟を兵士たちの慰みものにしてやろうか? 若くて美しくその割には頑丈な王子。男色をさほど禁忌としない軍事国家では、引く手数多の人気だろうな」
「……っ!」
 ロゼウスが、観念したように瞳を閉じる。シェリダンが、ふと射殺すような眼差しをジャスパーに向ける。そっくり同じものをジャスパーも彼に返す。
 それ以上彼は答えずに、ジャスパーを無視して行為に及び始めた。銀の首輪は嵌められたままだし、手足を封じられて身動きが出来ない上に首も固定されている。ジャスパーに残る手段は目を瞑ることだけだが。
「そこで見ているがいい。第六王子殿下。ロゼウスが私のものとなるところをな」
「――――っ!」
 シェリダンの声に、思わず目を開いた。
「だ、駄目だジャスパー見るな……うあっ!」
「!」
 正反対のことを言ったロゼウスの頬を、派手な音をさせてシェリダンが叩く。
「第六王子が目を瞑るなら、目を開きたくなるくらい、お前に派手な声をあげさせるだけだがな、ロゼウス」
 ロゼウスの白い肌が、瞬時に腫れて赤く染まるのがわかる。
 ジャスパーは唇を噛み、悔し涙を浮かべながら、シェリダンに組み敷かれるロゼウスを見つめた。
「いやだ、いやだいやだやめ、シェリダン……お願い、お願いだから」
「断る、と言っている」
 シェリダンがロゼウスの唇を、濃厚な口づけで塞ぐ。破れてぼろぼろだった服を、さらに破いて肌を露にした。
 しゃらしゃらと、ロゼウスの四肢を戒める銀の鎖が鳴っている。その音がか細い悲鳴と嬌声にかぶさって、ジャスパーの脳髄をかき乱す。
 兄様。僕の兄様がこんな奴に。
 エヴェルシード王、お前だけは絶対に許さない。
 あられもなくスカートをまくりあげ、無残に破かれたガーターの奥のロゼウスのものを、シェリダン王が舐める。
「ん……く、ふぁ、あ……っ」
「何をしている、弟の前だからと遠慮する事はない。さっさと達してしまえ」
 わざとジャスパーの存在を言葉に出して煽り、シェリダンがロゼウスを追い詰める。
「あ、あああああっ、あ……っ」
 びくびくと痙攣して、ロゼウスが達する。出されたものを喉を鳴らして飲み込んで、シェリダンが満足げな顔を見せたのも一瞬のことだった。彼はいきり立った自らのものを、油断していたロゼウスの口に突っ込む。
「んっ……んん、っ……」
「お前が粗相をするごとに、弟を鞭で打つことにしようか……ヴァンピルの雪のような白い肌に、鮮血の赤はよく映える」
 ロゼウスに口で奉仕させながら、片手で首輪に繋がる鎖を持ちもう片手でその背を撫でる少年王は病んだ空想に耽っている。
「お前の身体で証明した」
「……ごほっ」
 口の端から飲みきれない白濁を零して、ロゼウスが彼の股間から顔を上げる。
 もはや呆然としているロゼウスを抱き上げ、自らの方に尻を向けさせ、シェリダン王は軽く舐めていた指先をその秘部に当てた。
「あっ、ああ、あ――っ!」
 ジャスパーの真正面で、すでに声を殺す気力もなくなっているロゼウスの中を好き勝手にかき混ぜて荒らす。ぐちゅぐちゅと結合部から卑猥な水音が響き、勃ちあがったロゼウスのものからはひっきりなしに先走りの滴りが零れ落ちている。
 乱れる肢体の扇情的な光景に目を奪われる。シェリダンに後ろから犯されながら薄っすらと汗をかくロゼウスの肌は艶かしくて眩しくて。
ロゼウスの声は悲鳴よりも嬌声が勝ち、ジャスパーの存在など忘れかけているようだ。
「あ、ああっ。シェリダン……っ!」
 ロゼウスが彼の名前を呼んだとき、ちくりと胸が痛むのを感じた。
 達する瞬間、一際甲高く四肢を拘束する鎖が音を立てた。
「っ……」
 荒く息をつくロゼウスから一度自分のものを取り出して、シェリダンがそれをまたロゼウスの口元へ近づけた。
「綺麗にするんだ。わかっているな」
「ん……」
 意識が朦朧としているのだろうロゼウスは、さしたる抵抗もせずにそれを受け入れ、彼のものへと紅い舌を伸ばす。その手馴れた淫猥な仕草。
 兄様――……。
「これでわかっただろう?」
 勝ち誇ったようなシェリダンの声。行為が激しさを増すほど、ロゼウスの中でジャスパーの存在は忘れ去られていく。
「ロゼウスは私のものだ。お前などが入る隙間はない」
 その貴様だって、どうせドラクルには敵わないくせに。


070

 ――さぁ、お仕置きだ。ロゼウス。
 ――私の言うことを聞かない悪い子は、こうしてあげる。
 ドラクルが怖い。
 ――もういや、もうやめて、やめて兄様助けて!
 ――なんでもするから! あなたの望む事はなんでもするから、ちゃんと言う事聞くからもう殴らないで!
 お願い、傷つけないで。
 そうだ。俺は最初、兄様が怖かった。いつ怒られるかとびくびくして、何か失敗するごとに殴られて、だから怖くて兄様の言う事は何でも聞いて……そのうち俺が兄様の望みを叶えられるようになると、ご褒美だって、抱いてくれた。
 痛くて気持ち悪くてでもそのうち気持ち悪いのが気持ち良くなってきて……痛いのも後で気持ちよくなるためだとドラクルに言われれば、我慢した。
 ドラクルがすることは全部、俺のためなんだから。俺を愛してくれてるからするんだから。
 俺もドラクルが好きなんだから。だから……痛くない。怖くない。大丈夫。こんなことなんでもない。
 ――認めろ、ロゼウス。お前はあの兄に虐待されていたんだ。
 ――違う、絶対に違う……だって、兄様は俺を愛してるって。
 シェリダンの言う事は嘘だ。俺が兄様に虐待されていたなんて言って、俺を傷つけたいだけだ。だってシェリダンはローゼンティアを滅ぼした。彼なら俺にどんな酷いことをしたっておかしくない。
 どんな酷いことをしたって……。
 ――あれが、愛だと? あんなものが?
 ――だったら、私だってお前を愛している。
 その言葉はあまりにも深く、暗い。《愛している》という言葉が、こんなにも悲しく寂しく切ないものだとは思わなかった。
「シェリダン……」
 喘ぎ続けて掠れた声を振り絞り、ロゼウスはのしかかる相手の名を呼んだ。ロゼウスを抱きしめる彼の、さんざん達して萎えたものが、まだロゼウスの中に入っている。
 ここはエヴェルシード王城シアンスレイトの一室だ。鉄格子の嵌った部屋に鎖で繋がれ、昼となく夜となく犯される。王としては真面目に執務をこなすシェリダンだが、仕事が速いだけにいくらでも余暇は作れるらしい。今日の執務は終わったからと、昼からここでロゼウスをいたぶり続けていた。
 部屋の隅の拷問器具に紛れた拘束具の一つに、無理矢理連れてこられた弟であるジャスパーが繋がれている。目を逸らしはしたものの、ジャスパーの視線は感じていた。けれど、それもしばらく前に消えてしまった。どうやら向こうは向こうで、気を失ったらしい。シェリダンの話によれば牢を脱出する時に暴れたというから、それも仕方ないのだろう。
 もう時間の感覚は麻痺しているけれど、鉄格子の向こうから降り注ぐ陽の紅さが、今は黄昏時だと教えていた。
 首を絞め肌を鞭打ち噛み付いて、ナイフで切りつけたり頬を張り飛ばしてロゼウスに暴力を振るい、それに飽きたら無理矢理犯すというのを繰り返していたシェリダンも多少の疲れを感じたのか今はロゼウスの身体に身体を重ねたまま、ぐったりと動かない。
 けれど眠っているわけではないことは、気配でわかる。思っていると、彼は気だるげに髪をかきあげながら、ロゼウスの上から起きた。身体をどける間に、思い出したように唇に軽い口づけを落としていく。
 そしてまた、もはや欲求があるのか惰性で続けているのかもわからなくなるほど繰り返した行為に耽るために、ロゼウスの身体へと手を触れた。
破れた服を着たまま、涙や精液でどろどろになった身体を庇う気力もないロゼウスの瞳から、最後の涙が溢れた。
「……もうやめて」
 懇願の声が掠れる。
 牢獄に閉じ込め鎖で繋ぎ枷を嵌め。刃物で鞭でその手指で傷つけて。
 全身いたるところ、傷がない場所はない。甘く囁いた後に罵声を浴びせられて、心だってずたずたに引き裂かれた。
 なのに、まだやるのか。そんなに俺を苦しめて傷つけてぼろぼろにしたいのか。
 自分がシェリダンに何をしたというのだ。してないだろう、何も。祖国を滅ぼし父母を殺しただけでは飽き足らず、性別を偽らせて王妃なんて称号を与えて。ロゼウスという人格を奪って名前を封じて。それでもまだ足りないのか。
 このままでは、本当に。
「これ以上は壊れ、てしまうから」
 定まらない視界。
 還る微笑。
「壊れてしまえばいい」
 ヴァンピルの理性は血に眠る殺戮衝動を抑えるもの。いくら魔族とは言え理性を失ったら、吸血鬼はただの化物と変わらない。
 そして狂気は、理性と最も縁遠いものだ。箍が外れたヴァンピルは強い。そしてあまりにも非道だ。
 ロゼウスはその気になれば、本当はシェリダンを殺せる。なりふり構わなければ今すぐにだってできる。ヴァンピルという種が数千年をかけて皇帝から得た、人間と対等の世界に属する権利を手放せば、今すぐにでも。
 理性を手放せばロゼウスは本能のままに周囲の人間たちを殺戮し、その血を啜り肉を喰らうだろう。甘い蜜のような人間の血に陶酔し、我を忘れて虐殺の快楽に走るだろう。
 その時に最も近くにいるのは……シェリダン、彼なのだ。だから。
「あんたを……殺してしまう」
 今ロゼウスが理性を手放せば、真っ先に犠牲になるのは彼だろう。その男とも思えないほどに美しい肌を引き裂いて、ロゼウスは彼の血を啜り、臓物を貪るだろう。
 身体と心の痛みに病んだ精神は、心臓の裏の辺りでそれを望んでいる。胸の奥に、身体では感じることのできない切ない疼きが走る。
 今のこの状態は、あまりにも苦しいから。
 なのに頬に降る、涙の雨。
「だからこそ、お前など壊れてしまえばいいんだ」
 さんざん弄ばれ傷つけられて、泣いていたのは自分のはずなのに。
「そうしたらどうだ?」
 誘惑するように低く甘く、微かに掠れた声でシェリダンが囁く。
「私を殺してみればいい」
「そん、なの……あ」
 シェリダンが唇を重ねてきた。鎖で繋がれた上、力を失った身体では抵抗できるはずも無く、ロゼウスはその口づけを受け入れる。
「シェリダン……」
「壊れてしまえばいいのに」
 涙を浮かべて見つめれば、こちらも頬を透明な雫で濡らしたまま、シェリダンが小さく繰り返す。
「愛している。ロゼウス」
 深く暗く。
「愛している……」
 悲しく寂しく、そして切ない。
「愛している」
 みたびそれを繰り返して、彼はロゼウスの胸に突っ伏した。破れているとはいえ服を着たままだから余計、布地に染み込んだ雫の熱さが身に染みた。
「シェリダン……俺は」
 シェリダン=ヴラド=エヴェルシード。ローゼンティアを滅ぼした憎き仇。敵国の王。ロゼウスから名を奪い、性別を偽らせ、王妃などと名乗らせて弄んだ。奴隷だと蔑んで、こんな部屋に閉じ込めて暴力をふるって好きなだけ陵辱して。
 あんたなら憎める。嫌いになれる。心のそこでどんなに恨んでも問題はないと思っていた。でも。
「もう……やめて。やめようよ……」
 声はみっともなく掠れて鼓膜を引っかきつつ胸の中に堕ちていく。
「戻ろうよ……また、前みたいに」
 前みたいに? 今更戻れはしないのに。敵国の只中であるこの王城でシェリダンの隣で、嘘のように穏やかに笑いながら日々を過ごし。ローラとエチエンヌとリチャードと、ユージーン候やたまにはイスカリオット伯なんかも交えて。ミザリーやミカエラがいる光景は思い浮かばないけれど、ロザリーはもうすっかりここの一員と言う感じで。
 側にいる。一緒に地獄に堕ちると誓った、あの約束に嘘はない。
 どうしてそれだけじゃいけないんだ? 何が足りないのか、ロゼウスにはわからない。
「ロゼウス……」
 病んだ心。理性を手放しかけているのはシェリダンも同じだ。けれどシェリダンが理性の一つや二つ手放したって。そんな惨事にはならない。
 ロゼウスは駄目だ、ロゼウスがここで堪えられなかったら、シェリダンを殺してしまうから。
 それだけは絶対に……自分を赦せない。
 あんたが俺を殺すのは仕方なくても、俺があんたを殺すのは駄目だ。
「シェリダン、俺は、あんたを……」
 わからないんだ、どうしても、自分のことなのに。
 俺はあんたのことを、どう想っているのか。

 ◆◆◆◆◆

「シェリダン王の叔父上!?」
 フリッツの素性を話すと、ヴァンピルの兄妹はいっせいに驚愕した。
「な、なるほど。だからそんなに似ているのか……でも、その叔父がどうしてこんな場所に?」
「悪かったな、こんな場所で」
 彼らが今いるのは、フリッツの家であり職場でもある酒場『炎の鳥と赤い花亭』だ。下町は確かに王族にふさわしい場所とは言えないが、フリッツには大事な故郷だ。
「い、いや、そういう意味じゃないんだ。王族ならどうして貴族の館に住んでいないのかって言う……」
 話がややこしくなるから喋る事はだいたいは兄に任せる、と小さな弟妹は黙っている。
彼らの名前と素性もフリッツは聞いた。二十歳頃の青年はローゼンティア第二王子アンリ、十二歳ぐらいの少年は第七王子ウィル、十歳ぐらいの少女は第六王女にして末っ子のエリサだという。
「隣国の誼でこんな話聞いた事は無いか? 現国王シェリダン=ヴラド=エヴェルシードの母親は、国王に見初められたために下町から攫われて無理矢理妻にされた女。彼女の名はヴァージニア=トラン=ヴラド。俺はフリッツ=トラン=ヴラドだ」
「シェリダン王の母方の……」
「ああ。しかも、公式には先代国王の手によってヴァージニアの家族は全て殺されたことになっている。俺はすでに死んだことになっているんだよ。お前らを城に突き出したら、真っ先に殺されるのも俺かも知れないな」
 とは言っても、すでに甥御殿に生存も居場所も知られている。そんなのは建前だとわかっているが、フリッツはこんな場所で皮肉るしかできなかった。
「俺は見ての通りお上品な生まれじゃないからな。敬語なんて使えないぜ。王族の扱いなんてわからねぇ」
「ああ。わかっている。それより聞きたい事があります」
 アンリと名乗ったこの青年も丁寧な口調は苦手らしく、時々言葉が乱暴になる。
「……あなたと、ロザリーの関係は? どうして妹を知っているんですか?」
「道で拾った」
 簡潔な言葉で説明したら、簡潔すぎる、と弟王子から野次が飛んだ。
「お前らと同じだ。街道に飛び出してきたところを拾ったんだ。もっともその時のローはお前らと違って、目隠しをしていた」
「ヴァンピルの赤い瞳を隠すために」
「そうだ。名前もローと名乗り、小間使いでいいから置いてくれと頼み込んできた。だから、しばらくここで働いてもらった」
「あ、あのロザリーお姉様を」
「小間使い……給仕としてだなんて」
 兄妹である三人から怒られるのか、とフリッツは一瞬身構えたが、最後にアンリが纏めた。
「そんな度胸のある……」
「オイ」
「あの矜持の高さと高慢さとますらおぶりで有名なロザリー姉様を」
「ますらお……」
 それはたくましき男性に対する言葉だ。
「で、でもロザ姉様はロゼ兄様を探しに行ったんでしょ? 兄様のためなら……やるかも」
「やるかもな」
 三人は深い溜め息をついた。
「そんなに凄いのか? ……ああ」
「あんたも心当たりが?」
「とりあえず、ええと……話がややこしくなるんだがいいか?」
 フリッツは前置きした上で、一ヶ月以上前のことを話しだす。甥のシェリダンがこの店にやって来たことを。
「シェリダン王がな……姉さん……ヴァージニアの遺書とも言える日記帳を持ってお忍びでやってきた。それに気づいたロザリー姫が暴れて、従者の二人と警護の侯爵を瀕死においやり、シェリダン王も殺しかけた。寸でで止めに入ったお姫様がいなければ、どうなっていたことか……その場にいた得たいの知れない魔術師のおかげで全員無事だったんだがな……ローは連れて行かれちまったよ」
「そうか……ロザリー」
 そこでふと、ウィルが口を挟んだ。
「ところで、そのロザリー姉様を止めたお姫様っていうのは?」
「ああ。お前らと同じヴァンピルだ。シェリダン王のお妃に収まった、ローゼンティア王族だって話だぞ? ロゼ王妃」
 何故かそこでその場にいた全員が首を傾げる。
「ロゼ?」
「って、誰?」
「そんな名前のお姉様いないよ」
「何?」
 フリッツは三人の反応に、どう返していいものかわからない。三人は訝りながらも、すでに答が出ているような微妙な表情でそう言ったからだ。
「だって、ローゼンティアの姫だって言われているぞ? すごい美人だ。ローにそっくりなお姫様。いないのか?」
「「「…………」」」
「な、何で黙るんだ?」
 アンリが困ったように頬をかきながら尋ねる。
「もう一度詳しく尋ねていいか? その姫の特徴は?」
「国民が王妃様の名前なんかそう聞く機会もないが、俺が知るかぎりでは十七歳の王妃はロゼ様って聞いてるぜ。でもこれはローゼンティアの姫君って意味なんだとも言われてる。後は……顔立ちは、一目でわかるほどロザリー姫にそっくりだ。まさに瓜二つと言う感じだったな。この姫が暴れるロザリー姫を止めたんだ」
「ロザリーにそっくり……それで、髪は肩よりちょっと上くらいで顔の横に少しだけ垂らしてて?」
「ああ、言われてみればそういう感じだ」
 ウィルとエリサは不安げに顔を見合わせ、アンリが頭痛でも覚えたかのように額に手を当てた。
「ああ、神よ……」
「ど、どうしたんだ?」
 フリッツはそんなに変なことを言っただろうかと首を傾げるが、お上品な言葉こそ使えなくても、特に変わったことを言った覚えはない。
 そういえば、ローはかなりあの姫様に懐いているようだったが、言った方がいいのだろうか。姉姫が口づけると同時に、妹と呼ばれたロザリー姫が力を失ったようにぐったりしたこととか。
 だが注釈はいらないようだった。アンリは腹を括ったというような様子で、フリッツに向き直ると言った。
「あんたの言ったような条件に当てはまる王族は一人いる」
「そうか、ならその彼女があの時のお姫様だろう」
 ここにいる三人を見ていると、みんなそれなりに似ているが誰も彼もがそっくりとは思えない。ロザリー姫に瓜二つということだけで十分なヒントになったのだろう。
「……ところで、ご主人、この国の今の王には、確か、妙な噂がなかったか?」
「妙な噂……ああ、そういえば何かあったような気もするな」
「同性愛者……つまり、その、ホモだって」
「ああ、そうだ。でもあれは誤解なんだろう? だってわざわざ征服してこれからは好きにできる敗残国の王家の姫を娶るくらいだからな。よっぽど惚れてるんだろうって……あ、悪い。敗残国なんて言って、気分を悪くしたか?」
「い、いや。大丈夫だ。そういうことじゃないんだ……」
 しかしアンリの顔色は傍目にもわかるほど悪い。
「アンリ兄様……」
「何も言うなウィル。わかってる」
「ねぇねぇお兄様たち、ホモってなーに?」
「お前は知らなくていいんだよエリサ」
「えー?」
 一人事態についていけていないエリサが、不満げな声をあげる。
「まあ……いいや。いや、よくはないけど、あの子がこの国の王に捕らわれて、捕虜にされていることまでは聞いていたし……それに、多かれ少なかれ、戦争に負けて俺たち王族が苦労を強いられるのは当然だと、覚悟はしていたわけだしな……」
 アンリが暗い顔になる。それを受けて、ウィルやエリサも眉の辺りを曇らせた。
「俺たちは、王宮に捕らわれた兄妹を救わなければならない」
「……覚悟はあるんだな」
「ああ……何か、情報があるなら教えてほしい。王宮に乗り込むにはどうしたらいいか。俺たちがこんなこと言える義理じゃないとは思うが、頼む」
「……アンリ王子、あんた剣は使えるか?」
 フリッツの言葉に、第二王子は軽く目を瞠った。
 確かにエヴェルシード人のフリッツにとって、これは立派な反逆だろう。だがしかし、フリッツにとってはずっと会っていなかった甥よりも、数週間この店で働いたローの方が大切だ。
 彼女が幸せになってくれるなら……その方がいい。それが例えこの国に不利になるようなことでも。
「実は、今月はこの国でこんな行事があるんだが――……」


071

「……剣術大会?」
「ああ」
 ロゼウスの白銀の髪を撫でながら、シェリダンは頷いた。
 地下からそっくりそのまま中身を移動してきた拷問部屋の一種。窓には鉄格子を嵌め、寝台の上の虜囚には首輪と手枷を嵌め、鎖で繋ぎ逃げられないようにする。何代か前の王が趣味である拷問のために作らせた部屋だが、今のシェリダンの思惑にも相応しい。
 華麗な鳥籠に捕らえたところですぐに逃げ出してしまうような鳥は、こうして厳重に閉じ込めておくに限る。
 手に触れるロゼウスの髪は絹の如き輝きで手触りもよい。監禁しても食事や生活習慣はさほど変えていないから、やつれてしまって見る影もないということはないはずだ。
 それでも多少疲れたような顔でシェリダンの胸にもたれかかっていたロゼウスが、仕掛けた話に虚ろな様子で反応する。
「……それに、俺が何の関係があるの?」
 もう何かを考えるのも億劫だという様子で、ぼんやりとシェリダンの胸に頬を合わせる。裸の肌に触れる感触は心地よいが、つまらなそうに視線をそむける様は、少なからずシェリダンの苛立ちを刺激した。
「あっ」
 肩を押さえ込み、寝台の真ん中に押し倒す。両足で彼の体をまたぎ、抵抗を封じ込めた。
「ん……シェリダン」
「人の話はちゃんと聞くものだ」
 自分でもよく言う、とシェリダンは内心で自嘲しながら、ロゼウスにそう告げた。血の気のない、病んだような白い面の眉間に軽く皺が寄るのを見て、こちらもそろそろ疲れた気持ちになる。
 何故だ。手に入らないのならば壊してしまえばいいと思ったのも確かに自分であるのに、いざ彼がこうして外界から興味をなくし、人形のように一日中無抵抗で抱かれ続けているのにいざ直面すると、言葉にならない苛立ちが胸の中に溢れかえる。
 強いてそれを封じ込め、シェリダンは身体の下のロゼウスに話の続きを聞かせた。
「エヴェルシードでは今月、国中から猛者を募って、剣の腕を競う行事がある」
「……ふぅん」
「クルスにジュダ、それにエルジェーベトとリチャードがそれに出る。出場者は貴族が中心だが、それだけではつまらないと、平民の参加も許可される、この勝敗が軍役の階級を多少左右するからエヴェルシード人が主となる行事だが、他国人の参加も許可される」
「……だから?」
「大会は国王の御前試合でもあるわけだ。私はそれを観戦する。お前も観るのだぞ」
「俺が? ……ああ、王妃ってそういうのも義務なんだっけ」
「ああ、そうだ」
「……わかった」
 ロゼウスは頷き、シェリダンの腕に自らの腕を絡め、肩をつかんだ。ぼんやりと夢うつつのような瞳でシェリダンを見つめたまま、ふと思い出したように尋ねる。
「あんたは、戦わないの?」
「私か? 私は基本的には戦わない」
「基本的……」
「王子時代は戦ったのだがな。王子はあくまでも王の臣下の一人だから。国王になってからは、基本的には戦わないはずだ。ただし、優勝者が望めば戦うこともある。大会の優勝者が国王との試合を望み、王に勝った場合、その者には玉座が与えられるという慣わしだ」
「……え?」
 ぼんやりとした瞳に微かな困惑を宿し、ロゼウスが瞬いた。
「だって、そしたら挑戦者に負けたらあんたは……」
「国王の資格を奪われるな。だが、実際にそうして王位を剥奪された王など数えるほどしかいない。だいたいが国王の威光を示すために、わざと負けるご機嫌取りだ。その慣習で本気で玉座を引き摺り下ろされた王もいるにはいるが、それは兄弟から継承権を奪うために直系の王族などがしかけるそうだ。つまり、その試合で弟が勝てば、そいつが兄の代わりに玉座についたりする。まあ、私にはそんな相手はいないが」
 それでも、本当に負けてしまったら大事だ。そもそもが軍事国家であるエヴェルシードは武勇の国。臣下に警護される王とは言え、弱くていい理由はない。
「一応そのために、私もそろそろ剣の訓練をせねばと思っているところだ」
「……そう」
「ロゼウス、お前もするか?」
 シェリダンの下で、紅い瞳が瞬いた。
「……俺を、ここから出していいの?」
「ああ」
「シェリダン、何を考えている……?」
「別に、国内で私と匹敵する能力者で、かつ暇なのがお前しかいないだけだ。クルスやジュダを毎度領地から呼び出すわけにもいかぬしな」
 ロゼウスは訝るような眼差しをしていたが、すぐに興味を失ったように、目を閉じた。
「うん……わかった。稽古する」
「そうか」
 シェリダンはその唇に口づけ、吐息を奪う。
「ん……」
 明日から剣の訓練だというのにこんなところで、腰を痛めている場合ではないと思うが、湧き上がる欲求を今更止めることもできない。
「ロゼウス……」
 接吻から逃れ、唇が火傷するかのような熱さで名を呼べば、美しい吸血鬼は薄目を開く。
度重なる陵辱を受けてきた彼はもはや抵抗も僅かな理性を残すことも諦め、大人しくシェリダンにされるがままになっていた。
「ん……っ、んんっ、あ、……う、ふぅ」
 薄い胸を飾るような紅い尖りを口に含むと、敏感な身体からは官能の吐息が漏れた。開いた手で彼自身のものを扱いてやれば、甘い鳴き声が零れる。
「んぁ……シェリダン……もっと」
 先端を少々乱暴に擦ってやれば、多少苦しげだが艶のある嬌声があがる。理性を捨てかけ、快楽の虜となったロゼウスの肢体は艶かしく、その全身でシェリダンを誘う。
「あ……ひぁ……やぁ」
 震える彼のものを口に含み、舌を使って存分に愛してやる。快楽に弱いシェリダンの花嫁は、あっさりと口の中で達した。
「はぁ……ふぁ……」
 満足げなその脱力した身体を見遣って、シェリダンは身体を起こした。横たわる少年の体位を無理矢理変えさせて、こちらに滑らかな双丘を向けさせるような格好をとらせる。
 傷一つない尻を掴み、窄まった後の莟に舌を差し込む。
「ひぁっ」
 一際高く、驚いたような声をあげるのにも構わず、柔肉を掻き分けるように舌で愛撫した。
「あっ……ちょっ、やぁ、やめ……」
「……その割には、気持ち良さそうだがな」
 一度達したものからぽたぽたと先走りを滴らせるその様子を確認し、適度なところで舌を抜く。
「あんっ」
 物足りなさそうな声をあげたその顔を向けさせて唇にシェリダンのものを押し当てると、あっさりと口に含んで奉仕し始める。聞きわけのよい子どものように無邪気に、無垢とはかけはなれた淫蕩な行為にこうして耽るその姿は、思わず息を飲むほどに危うい。
 子どもにかえったような稚いその風情を見ていると、封じ込めたはずの苛立ちがまた押し寄せてくるのを感じる。
 幼い頃に、愛する兄にもそうやって奉仕したのか? 問いかけて、苛めてやりたい気分にもなったが、今日はそれよりもさっさと終わらせることを優先させることにした。十分潤ったものを引き出し、ひくついていた後ろに押し当てると、たまらないというようにまた高い声があがった。
「ああっ……もっと……!」
 口の端から淫らな様子で涎を垂らし、涙目で懇願する。
「おとなしくしていろ、今くれてやる」
 何度犯しても相変わらず狭い場所にずぷずぷと押し入りながら、後ろ向きで四つん這いになったロゼウスの様子を窺う。
悦楽に溺れて自我を手放そうとする姿に、こちらの意図通りではあるのに、満足よりも、微かな胸の痛みを覚えた。

 ◆◆◆◆◆

「おい、陛下だぞ」
「本当だ。陛下! 見回りですか!」
 練兵場に足を踏み入れたシェリダンに四方八方からお声がかかる。当然だ。シェリダンの人気は内政より軍部が支えている。権謀術数渦巻く政治の世界はよくわからないが、歳若くて反抗的で血気盛んな兵士たちには、国王にも関わらず先陣をきって敵に突っ込むシェリダンは人気が高い。
「おい、あれ、王妃様じゃないのか?」
「本当だ。ローゼンティア人だ。エチエンヌはともかく、なんで今日は王妃様までいるんだ」
 練兵場の兵士たちの注目がシェリダンからその背後をふらふらと危なっかしい足取りでついていくロゼウスへと向けられる。相変わらずの女装姿だが今日は動きやすい格好をしていて、けれどここ数日の扱いのせいで、顔色は死人のように悪い。
 エチエンヌはシェリダンとロゼウスの分の剣を抱えて、二人の後についていく。
「シェリダン陛下! 今日はどのような用事で?」
「私も剣術大会に向けて、剣の稽古だ。国王の座を奪われてはたまらないからな! どうだお前たち、大会で優勝して、私から玉座を奪ってはみないか!」
「とんでもない! 俺たちの主はあなただけですよ!」
 若い兵士の一人が、笑顔でシェリダンに答えた。軍部のシェリダンへの信頼、特に若い兵士の国王シェリダンへの信頼は厚い。セワード将軍はまだローゼンティアから戻らないけれど、シェリダンがかの国へ向けた戦力のほとんどはもう国内へ戻ってきている。そして数ヶ月ほど休んだら、また別の国と戦争を始めるのだろう。
 エヴェルシードは炎の国。戦いと破壊の国だという。
 荒涼として何もなく、争う気力もない死人ばかりの住むシルヴァーニからやってきたエチエンヌにはいまいち馴染みがたいが、この国はとにかく、いつもどこかと戦争をしていることで有名だ。その軍事力は皇帝陛下にも高く買われていて、有事の際にはエヴェルシードの軍を動かすこともざららしい。
 二人の後につき従って歩いていると、広い練兵場の様子にもさほどの興味を示すことなく、どこか夢うつつと言った様子でシェリダンのあとをついていくロゼウスが途中で転びかけた。腕をとって引き起こすと、その全身が小刻みに震えている。
「……ロゼウス?」
「ああ……ごめん、エチエンヌ。なんでもない」
 小声で話しかけたが、返事は素っ気なかった。顔色も蒼白で、余程具合が悪いらしい。
「お前、本当に大丈夫なのか?」
「……うん、大丈夫」
 そうは答えるものの、そんな様子には見えなかった。
 むしろ彼はエチエンヌの相手など面倒で、早く会話を終わらせるためにそう答えたように思えた。感情のない瞳が無言で責めてくる。
 どうせお前らは、俺が大丈夫であろうとなかろうと、関係ないじゃないか。
 何を答えたって同じなら、最初から構わなければいいのに。
 普段ならなんだよその態度と怒るところだが、今日はエチエンヌも、ロゼウスに喧嘩を売る事ができなかった。彼の眼は何も見ていない。華奢な身体にまとう女衣装のせいで、双子人形と呼ばれるエチエンヌよりずっと人形めいて見えた。
 空虚で足取りの危なっかしい、朧な人形。
「シェリダン様」
「どうした、エチエンヌ」
「……ロゼウスを本当にこんなところへ連れて来ていいのですか? 今日のあいつ、変ですよ」
「……ああ、そうだな」
 シェリダンはそう頷きながらも、ロゼウスを部屋に返そうとはしなかった。よろめく彼の腕を引いて、試合ができる一角に足を運んだ。
「あの、陛下」
 勇気ある兵士の一人が、練兵場に女(本当は男だが)連れで来たシェリダンに疑問を抱き、ちらちらと背後のロゼウスの様子を気にしながらシェリダンに尋ねる。
「あの……今日はどうして、王妃様を? 見学ですか?」
 彼の背後では別の兵士がこっそり皮肉を言う。本人はこっそりのつもりかそれとも彼らに聞かせたいのか知らないが、しっかりばっちり聞こえている。
 シェリダンは確かに軍部に人気があるけれど、これだけの人数がいれば自然と不満分子も出てくるのは仕方がない。この練兵場にだって、どことも戦争をしていない今でさえ千人が訓練をしているのだ。
「俺たちが命懸けで戦うための訓練を、遊びか何かと勘違いしてんのさ。相手させた兵士にわざと負けさせて、余興にでもするんだろうよ」
「おいおい。お前、自分が見学してくれるような女がいないからって僻むなよ」
 同僚の兵士がその男をからかい混じりに嗜めて、その場は終わる。兵士の一部は同じ事を考えたようで不満げな様子をしているが、シェリダンの一言がその場に一石を投じた。
「いや、これが私の稽古相手だ」
 周囲にどよめきが沸き起こり、ある者はシェリダンに、ある者はロゼウスに、ある者はその両方に失笑を送る。シェリダンの言う事を誰も本気にはせず、やはりこれは余興なのだとそういう結論に兵士たちは達するらしい。
「え? はあ、その……王妃陛下が、ですか?」
「そうだ。文句があるのか?」
「いいえ、滅相もありません! ただ、その……」
 外見は美しい人形のように華奢で、今現在は顔色も悪いロゼウスが剣を振るうところなど彼らは想像できないらしい。シェリダンを崇拝する側の兵士たちも、狐につままれたような顔をしている。
「場所を借りるぞ。良いな」
「あ、はい、どうぞ!」
 シェリダンは強引にロゼウスの手を引き、舞台の中央へと踊りでる。距離をとって開始位置につき、エチエンヌへと視線を向ける。
「エチエンヌ、剣を」
「あ、はい、陛下」
 エチエンヌは二本の剣を、同時に投げた。シェリダンはもともとそのつもりでこちらへ視線を向けて腕を伸ばしていたから難なく受け取るけれど、ロゼウスはエチエンヌの方を身もせず、剣が自分の身体に触れる寸前でその様子を見もせずにいつの間にか手のひらに柄を収めていた。この時点で周囲で観戦する兵士たちは度肝を抜かれる。
 練兵場はいまや静まり返り、周囲で各々の訓練に励んでいた兵士たちが一斉に注目する中、シェリダンとロゼウスの試合が始まろうとしている。シェリダンは刃を構えるが、ロゼウスは相変わらずぼんやりと剣を握ったままだ。
「あの……陛下、本当にいいのですか?」
 ロゼウスの様子はどう見てもこれから剣を振るう者の態度でではないし、膝丈のスカートはいつものドレスよりは幾分動きやすいとは言え、運動用の服ではない。
「ああ、さっさと始めろ」
「そ、それでは……はじめっ!」
 こんな試合の審判をさせられることになった哀れな若い兵士の声を合図に、二人の戦いが始まる。
 先攻はシェリダンの方で、素早い動作で間合いを詰め、ロゼウスに斬りかかった。ロゼウスの方は上段でそれを受け、ぎりぎりと嫌な音をさせて刀身を擦り合わせた後、一度離れて今度は彼の方から繰り出す。突きをかわしたシェリダンが鳩尾を狙う刃をロゼウスが受けとめ、際どい拮抗の末にまた剣を放し、後に飛びのいた。
 シェリダンが斬りかかればロゼウスがかわし、ロゼウスが反撃に出ればシェリダンが受けとめる。しかもこのやりとりは目まぐるしく、踊るように軽やかな足裁きでお互いの位置をくるりくるりと入れ替える。
 回転をかけて斜めから繰り出したロゼウスの刃をシェリダンは身を屈めてかわし、足元を狙う反撃をロゼウスは跳んで避けた。素早く腰を上げ逆方向からの重さを乗せた一撃をロゼウスは受けとめ、剣の持ち方を工夫して力の方向をそらしたことでシェリダンは体勢を崩す。
 無防備な肩口を狙った一撃を辛くもシェリダンは受けとめ、先程ロゼウスがやったように力の方向をそらせてなんとか体勢を整える。一度足を泳がせたロゼウスはすぐに立ち直り、シェリダンの攻撃を、刃を片手で支えることで盾のようにして受けとめ、力押しでせめぎあいに打ち勝つと、一気に攻勢に出た。
 上段から斬り付けて止められれば脇腹を突きで狙う。それをかわされれば腰を屈めて足を薙ぐように刀身を回転させる。横にした刃で受けとめられれば、下から切り上げるように剣を振るい、シェリダンの前髪が幾本かぱらぱらと宙を舞うのが見えた。
 目まぐるしい速さの超高度なやりとりに、観戦する兵士たちは呆気にとられている。シェリダンの剣の師匠はあのリチャードで、そのシェリダンの上をロゼウスはいくように思える。
 ガキィイイイン!
 弾かれた刃が、宙を舞って陽光を反射した。