32.国王

 深くフードを被った人物が縛られて馬に乗せられている。その周囲に四人の男たちがいて、更に彼らから少し離れた後ろを猛々しい戦士と十名程の小隊がついてきていた。
 軍人の一行ということだけはかろうじて判断できるが、傍目には何のための部隊なのかさっぱりわからない。
 彼らは戦場から離れ、国境から一日程度で着く首都へと向かっていた。目的地は王城だ。馬上の人物を国王に差し出すために歩いているのである。
「おい、本当にいいのかよ」
「いいも何もねぇだろ?」
「そんな心配せんでも、謁見はお偉いさんたちがやってくれるさ」
 五人は見張り小屋にいた男たちだった。そのうちの一人がフードの人物――捕虜となったベラルーダ王ラウルフィカを馬に乗せている。
 ミレアスがラウルフィカを売り渡したというベラルーダ側の行動は、プグナにとっては完全に予想外だった。そのためにプグナ側では様々な対策が考えられた。まずはベラルーダ軍に降伏を要求し、次に国王ラウルフィカの身柄を王に引き渡す。それ以降の指示は国王に仰ぐ。
 護送を引き受けるディルゼン将軍はファラエナ王から直々に、「ベラルーダの少年王を生け捕りにせよ」と命令を受けている。実際は彼らがラウルフィカを攫ったわけではないのだが、何にせよ敵国の王が手に入ったのだからと、初めの指令通り王宮に届けることにした。
 ディルゼン将軍の目から見ても、ベラルーダの王だという若者は美しかった。見た目だけならば、王女の婿として申し分ない。
 彼を敵兵から引き渡されたという五人の男たちがやたらベラルーダ王に対して甲斐甲斐しいのが気になるが、相手が若くして戦場に駆り出された哀れな少年王だと感じているのだろうと、さして気に止めることもなかった。ディルゼン将軍は良くも悪くも高潔な人物だった。もともとラウルフィカの父王とプグナが始めた戦のことは、息子であるラウルフィカ王にはほとんど関係のないこととして受け止めている。
 だが、気にかかることもある。
 自国の中で裏切りにあったベラルーダ王に、果たして本当にベラルーダ軍を退かせるだけの価値があるのか? そしてこれほど美しい少年を王宮に連れていくことは、新たな火種を持ち込むことになるのではないか?
――ディルゼンはファラエナ王を尊敬してはいるが、彼の人となりについてもよく知っている。
 微かな不安と共に馬を進める彼らのすぐ目前に、プグナの王城が迫っていた。

 ◆◆◆◆◆

 ファラエナは驚いた。
 これが驚かずにいられるわけはなかった。なんと彼らプグナ勢が活躍する前に、ベラルーダ側では勝手に仲間割れが起きて、部下が裏切りベラルーダ王をプグナに差し出してきたのだという。
 国王を捕らえたというプグナ側の宣告にベラルーダ側はでたらめだと、戦いを続けると返事を寄越してきた。しかしここにいるのが本当にラウルフィカ王であれば、この戦の終結は時間の問題だ。とにかく、国王の身柄を手にしてさえしまえばこちらのものだ。
 先触れの報告によれば、ベラルーダの王は噂にたがわず美しい若者だという。
 ベラルーダ王を手に入れれば、娘の婿とすることでベラルーダ王国を丸ごと手に入れることができる。そうなれば帝国に対し砂漠地域の利権を主張することもできるだろう。
 ベラルーダの軍部は王を見捨てるかもしれないという危惧もあるにはあったが、軍人と民衆の考えは違う。まだ若い少年王を見殺す軍であれば、少なくとも民衆の反感は誘えるだろう。ベラルーダはもうおしまいだ。
 国王への謁見のために、ディルゼン将軍以下の兵士たちと捕虜であるベラルーダ王は身支度を整えられた。ただの国王や積年の恨みの的であるならともかく、ファラエナ王はベラルーダのラウルフィカ王を自分の娘の婿にするつもりなのだ。ある程度両者の間に友好な関係を保っておくべきだろうと考えてのことだった。対面は着飾った国王と惨めな格好の捕虜という形ではなく、あくまでも国王同士という建前のもとで行われるべきだ。
 しかしファラエナのそんな目論見はすべて、現れたラウルフィカ王の姿を見た瞬間に霧散した。
 さらさらとした漆黒の髪はうなじにかかる程度の短さ。肌は白く、服の襟ぐりや裾から覗く手足はほっそりとして妙な色香を放つ。
 瞳はオアシスの碧で、濃い色ではないのに深みを感じさせる。その瞳に影を落とす睫毛は長く綺麗に生えそろっていて、大きな瞳をはっきりと彩っていた。
 鼻梁は通っていて、唇は艶やかに紅い。
 美しかった。ケチのつけようもないほどに美しかった。想像していた方向とは若干違うが、それでも彼の美しさに異論を唱えることはない。凛々しく勇猛な戦士の若者や吟遊詩人のように顔は良くご婦人に気にいられるが軟派な印象のある美形ではなく、どちらかと言えば人間離れした神々や精霊の美しさを思わせる。
ファラエナの記憶には十年以上前に一度見た「ラウルフィカ王子」の姿があるが、あの時の子どもはここまで美しくはなかったはずだ。ファラエナの憎い先代ベラルーダ王ともあまり似ていない。
 いくら身支度を整えるとはいっても所詮捕虜、さして良いものを着せているわけではないのだが、王族にしては簡素な衣装も彼が身につけると趣がまるで違った。絵画に描かれる神々が白い布一枚巻き付けた姿であるかのごとく、単純な線だけで構成された衣装はラウルフィカ王の美しさを浮かび上がらせていた。
 この美しさを目にしてもまるで反応しない者はいるだろうが、ファラエナは少なくともそうではなかった。むしろ彼の美意識に照らし合わせれば――非常に、好みの顔立ちをしていた。
 ラウルフィカが跪き、寛大な処置についてどうのこうのというのをファラエナはほとんど聞き流していた。彼にとっては目の前の敵国の王の美貌と、その声もまた凛として美しいことが重要だった。彼の頭の中を占めるのはただ一つの考えだ。
 欲しい。
 この美しい少年が。
 欲望は一瞬で膨れ上がり、ファラエナを支配した。もともと好色で自尊心の強い男。目の前のまだ若い少年、それも敵国の王を手篭めにするというのは、どれほど魅惑的なことだろうと考えた。先代のベラルーダ王とてまさか、自分の息子が敵であるプグナの王に犯されることになるとは思っていなかったに違いない。
 ファラエナ王はさすがに家臣たちの前で無様を晒すことはしなかったが、その目はすっかりベラルーダの少年王に奪われていた。
「ラウルフィカ王よ、もっと近う寄れ。余は貴殿と一対一で話してみたい。場所を移そう」
 国王の様子とその言葉が意味する事に気づき、同席した幾人かの臣下が咎めるような声を上げたがファラエナは聞き入れなかった。
「喜んで、ファラエナ王」
 ラウルフィカはその誘いに乗り、導かれるまま、プグナ王のあとについていく。
「ベラルーダ王陛下、いや、ラウルフィカ殿と呼ぼうか。こちらへ」
 ファラエナの言葉に頷き、ラウルフィカは彼の私室へと通された。寝台のある部屋の片隅に応接用の卓があり、その上には酒の用意がされている。
 他愛のないやりとりを数度交わし、ファラエナは酒の杯を持ち上げながら本題に入った。
「貴殿の父上とは争いもしたが、私は貴殿には恨みはない。むしろ、これからはベラルーダとプグナの間に良い関係を築いていければと考えている」
「ありがたいお言葉です。私もできればそうしたいと考えておりますが……」
 ベラルーダの今回の侵攻は帝国の意向によるものだ。ということをラウルフィカは説明した。
「それならば良い案がある」
 と、プグナ王は例の話を持ちかけた。
「あなたには私の娘、このプグナの王女の婿となってもらいたい」
「王女殿下の」
「そうだ。帝国の意志を受けたベラルーダと、我がプグナが決してベラルーダを裏切れない形で和睦する。それならば皇帝陛下も咎めはすまい」
 ファラエナはいささか性急に、卓の上に重ねられていたラウルフィカの手を取って撫でた。ラウルフィカはそっと、視線をファラエナから逸らした。
「ありがたいお話ですが……」
「断ると?」
「受けるだけの価値が、私自身にないのかもしれない。確かに私はベラルーダ唯一の直系王族ですが、血に拘らねば私より優れた代わりなどいくらでもいる。プグナ国王ファラエナ陛下、貴公と対等な関係で約定を結ぶことは叶わないでしょう」
 暗にベラルーダ軍は自分を見捨てるだろうとラウルフィカは言った。もちろんそうやってプグナ側からの取引に応じないようにと指示を出しているのはラウルフィカ自身だ。
「ほう……では、対等ではない関係とは?」
「それは……」
「私が守ってやるとでも言えば、あなたは従うのかな?」
 ファラエナは立ち上がり、ラウルフィカの身体をも立たせて腕の中に抱きすくめた。女を扱うことに手慣れた、一瞬の動作だった。言葉遣いも、かしこまったものから段々と砕けていく。
「そろそろ虚勢を張るのはやめたらどうだ? ラウルフィカと言ったな。たかだか二十年も生きていない少年に、あの国を背負うのは荷が重かろう。余に任せれば、すべて良いように取り計らってやる」
「わ……たしは、それでもベラルーダの王で」
 ラウルフィカが怯えを含む潤んだ瞳で見上げれば、ファラエナは自らにとって、この少年は御せる相手だと確信して笑みを浮かべる。
「それももう終わりだ。捕虜として死ぬまで兵士たちの慰み者にされるよりは、余の愛妾として後宮で暮らすが良い」
 その言葉にラウルフィカはびくりと肩を揺らす。腕の中に閉じ込めたラウルフィカの怯える顔に、ファラエナは長い口付けを送る。プグナの王は、敵国の美しい王をこれで手に入れたと思った。
「余のものとなれ」

 ◆◆◆◆◆

 ラウルフィカはほとんど抵抗しなかった。
 ファラエナの手が、少年の身にまとう簡素な衣装を剥いでいく。
「美しいな」
 さらけ出された白い胸元を撫でまわしながらファラエナは言う。
「男とも思えぬが、女っぽいというのでもない。まさに“少年”だけが持つ美とでもいうのか」
「陛下……」
 本来自分と同じ立場である相手を敬称だけで呼ぶことは、自らの服従を示す。だがラウルフィカは言葉の上で、ほんの少しだけ抵抗を見せた。
「陛下には私と違って、御立派な王妃殿下が、いらっしゃるでしょうに」
 その話題はファラエナの神経を刺激したようだった。これまでラウルフィカに見せていた鷹揚な笑みとは違う、黒い感情を顔に浮かべる。
「ふん。アラーネアなど、余は王妃と思っておらぬ」
 何十人と妾を持っているとの噂の国王はそう言った。ファラエナは王妃と仲が悪いというのは、見張り小屋の兵士たちも口にしていた。
「あんな女、王妃などと思いたくもない。得体の知れない魔術など使いおって気味が悪い」
 ラウルフィカの首筋を吸いながら、ファラエナは囁いた。
「あれよりも、そなたの方が美しい」
 妻の悪口を囁きながらも、ファラエナはすでにラウルフィカの身体を弄ぶのに熱中し始めている。
「ふぁ……」
 首筋や鎖骨に唇を落とされ、乳首をきつく吸われる。片手はラウルフィカの背を支えるためにそちらに置かれていたが、もう片方の手が行く先は太腿だ。
「そうだ。ベラルーダ王よ。我が助力が欲しければ、それなりの誠意を見せてもらおうか」
「誠意、とは」
 不安な顔になるラウルフィカの前に、ファラエナはすでに硬くなり始めた彼の怒張を突きつけた。
「口に含んで、舐めるんだ。歯を立てぬようにな。できるだろう?」
 赤黒い肉塊は、これまでに見たものの中でも一、二を争う醜さだ。いくらラウルフィカが国でゾルタたちに抱かれ続けたと言っても、彼らのほとんどは貴公子と言っていい色男たちだった。それに比べれば、ファラエナ王は外見と肉体に対して言うならただの中年の親父である。
 昨夜の捕虜としての凌辱ともまた違う屈辱への躊躇いを、ラウルフィカは一瞬で消した。おずおずとそれに手を触れると、艶やかな唇で先端を挟み、舌で丁寧に舐め始める。上目遣いでファラエナの顔色を伺いながら、求められるまま「奉仕」し始めた。
「くっ……なかなか、上手いではないか。初めてではないのだな。国で仕込まれたか。可哀想にな」
 哀れなことだと言葉をかけながら、ラウルフィカの舌によって快楽を得ているファラエナの口調は楽しげだ。
「幼い王を傀儡にしようなどと、どこも権力者の考えることは同じよ。さぞやそれで苦労してきたのだろう。だがこれからは、玉座のために男に媚びる必要はないぞ。余が可愛がってやる」
 それだって結局は肉体を差し出して媚びる相手がゾルタたちからファラエナに変わっただけなのだが、この王は自分であればベラルーダの重臣たちより高貴で優れているとでも考えている。
 ファラエナは彼の股間に顔を埋めるようにして奉仕しているラウルフィカの黒髪を撫でた。それと同時に、ラウルフィカが口を離せないように固定して有無を言わさずその口の中に精を吐きだす。ラウルフィカが吐き気を堪えてそれを飲み下すと、良くできた犬を可愛がるように頭を撫でた。
 ファラエナはラウルフィカに自分の指を舐めさせると、それを後ろの穴に突っ込んだ。
「うあ!」
 多少の苦痛はもたらすものの、唾液で濡らされた指は案外すんなりと奥へ入り込む。
「や、あ、あっ、あん、ん、んんっ」
 中を太い指でぐりぐりと抉られると、ラウルフィカの唇から断続的な喘ぎが零れた。自分の指を噛んで声を堪えようとする少年の体がびくびくと跳ねるのを、ファラエナは面白そうに眺めていた。
 先走りがぽたぽたと滴り、十分に中が解れた頃、ファラエナは言った。
「さぁ、慈悲をくれてやろう」
 そしてそそり立った己のものをラウルフィカの入口にあてがうと、一気に貫いた。


33.王妃

 ファラエナ王に抱かれるようになってから、ラウルフィカは彼の奴隷扱いとなった。
 奴隷とはいっても、暴力を振るわれたりきつい労働をさせられたりという意味ではない。王の愛妾という言葉に、女ではないということで区別をつけただけだ。更にラウルフィカに関して言えば、捕虜であるからという意味合いも大きい。
 ファラエナ王はラウルフィカを着飾らせて自身の傍に置いた。ラウルフィカの移動できる範囲は部屋の幾つかと城の中庭だけ。中庭に出ることを許されたのは、与えられた部屋が中庭と繋がっているからだ。逆に言えばそこから出られる中庭とその部屋自体しか訪れることはできないと言えよう。プグナ側としてはいくら捕虜としていてもベラルーダの王に好き勝手をされるわけにはいかないのだから当然のことだろう。
 ファラエナはラウルフィカをベラルーダの王として見る思いと、単純に美少年を愛人として侍らせたい思いの狭間で揺れ動いているようだった。ラウルフィカを娘の婿とする案を撤回はしなかったが、腰布一枚に装飾品だけを纏わせた姿は同じ国王や貴族としてのものではなく、愛人としての態度や装いをラウルフィカに求めていた。砂漠の国とは言え、こんなに露出の多い格好は酒場の踊り子か奴隷でもなければしない。
 ラウルフィカは与えられた区画以外を訪れてプグナ側を煩わせることはしなかったが、何も考えていないわけではなかった。毎日部屋に閉じこもるのは辛いと、監視の目がもう少し緩い中庭に出ていた。
 そしてその日、ラウルフィカは王の命をものともせず中庭へとやってきた人物と顔を合わせた。
「あら……あなたは」
 美しい貴婦人だった。ラウルフィカのように素顔をぱっと見て人が美しいと思うような類の美貌ではない。しかし完璧に施された化粧と隙なく整えられた格好、そして気品に溢れる物腰は、ラウルフィカがこれまでプグナで見た誰よりも「貴人らしい」と思わせた。
「どなた? 見た事のない顔ね。ここは誰も使っていない後宮の一角だと思っていたけれど」
 中庭と言ってもラウルフィカが与えられた部屋に近い辺りだ。それを指して彼女は言ったのだろう。
 口調は丁寧で、純粋に疑問に溢れていた。彼女の方から名乗らないのは相手を軽く見ているわけではなく、恐らくプグナでは名乗る必要もない程に有名なのだろうとラウルフィカは見当をつける。
「私はラウルフィカ・アズン・フェイ・セラ・ベ――」
「ベラルーダ王?!」
 ラウルフィカが名乗り終える前に、彼女は彼の正体に気づいた。
「ベラルーダの王を捕虜として捕らえたという話は本当だったというの?!」
 彼女はその事実を知りながら、正式に知らされたわけではない複雑な立場にいるようだ、とラウルフィカは分析した。そこで彼女は自分の態度に気づき、これまでのことを軽く謝罪した。
「……大変失礼をいたしました。わたくしはアラーネア・ロム・ロスル・ゾイ・プグナ」
「王妃殿下」
 ラウルフィカは驚いた顔を作る。彼女の衣装や振る舞い、言葉とその内容からある程度予想はついていた。ついていたが、まったく驚かなかったと言えば嘘になる。
 プグナのアラーネア王妃は確か今年で三十八歳。ラウルフィカと同い年の十八歳の娘を持つ、ラウルフィカより二十歳年上の女性である。
 とはいえ、見た目にはまったくそう見えなかった。ラウルフィカの目の前の貴婦人は、二十代で通じそうな若々しい美しさを保っている。それでも未婚の娘のようなはしゃいだ空気がなく、理知的な黒い瞳には常に落ち着きと憂いを湛えていた。
 二人は一応捕虜とそれを捕らえた国の王妃という立場であったが、アラーネアはラウルフィカがベラルーダ王と知ると、それ相応の態度をとろうとした。貴族の付き合いとはそういうものだ。敵は憎いから蔑む、などというほど単純なものではない。
 しかしそうはっきり言い切ってしまうのも、今度はファラエナのやり方を否定することになる。ファラエナは憎しみや蔑みよりはむしろ色欲というのが強い動機だが、ラウルフィカを確実に自分のものにするために、ラウルフィカを奴隷として自分の手元に置きたがった。
 中庭は構造上監視の目が多少緩く、ラウルフィカは王妃と二人人目を盗んで、そういうことを話し合った。はじめは警戒心を見せていたアラーネアも、ラウルフィカが現在の自分の立場を話すうちに打ち解けていった。
 王妃である彼女としては、まがりなりにも現在夫の愛人であるラウルフィカを憎んだり嫉妬したりしてもおかしくはない。だが彼女がラウルフィカの事情を知った際、真っ先に見せた感情は同情と諦観だった。そこにはベラルーダからは探りきれなかった、プグナの内情が関わって来る。見張り小屋の兵士たちの言葉もラウルフィカには参考になった。
「わたくしとファラエナ陛下は、見ての通り愛情で結ばれた夫婦というわけではありません」
 それは完全な政略結婚だった、とプグナの王妃は語り出す。プグナの玉座は男子が継ぐのが普通だが、ファラエナの先代王には男子が少なかった。そこで当時の王は自分の弟の娘、つまり先代王弟の娘であるアラーネアと、自分の従兄弟の息子であるファラエナを結婚させファラエナに王位を継がせたのだ。
 名目上国王はファラエナだが、それには直系の王族に近い血縁のアラーネアの存在が不可欠となる。足りない血筋を補ってファラエナはようやく玉座に着ける程度の血だったのである。
 しかしそれは王国として王族の血統を守るためには有効な方法であっても、夫婦二人の問題となると必ずしも良い方法とはいえなかった。ファラエナもアラーネアも王家の義務として一人娘をもうけたが、彼らの間に子どもはその王女だけだ。男子はいない。
 王でありながら王妃より血統という意味で劣っているファラエナは、アラーネアに対し良い感情を持たなかった。それどころか、事あるごとに彼女に冷たく当たったという。更にはアラーネアがこの砂漠地域では数の少ない「魔術師」であることも夫の感情に影響した。魔術師に対する感情は同じ砂漠地域の人間でも環境によって異なるだろうが、少なくともファラエナは魔術師が嫌いのようだ。
 このようなことを王妃はラウルフィカに話した。彼女にとってはラウルフィカは自分の娘と同い年の子ども。高貴な血筋でありながら帝国に圧力をかけられて初陣に赴いたあげく敵国の王の愛人にされているのを、黙って見てはいられないのだろう。
 彼女の話を聞きながらラウルフィカは、ファラエナ王のアラーネア王妃に向ける感情を、自分より優れた者に対する嫉妬だと解釈した。自分よりも血統で優れる、もしもプグナが女子に継承権を認めていれば自分で玉座に着いたかもしれない有能な王妃。
 容姿も気品に溢れ話し方も完璧で、王族としてまさしく隙がない。それに彼女は夫に不満を抱いているようではあったが、明らかに貶めるようなことは言わなかった。女特有の醜ささえ見せない理想的な王妃としてアラーネアが振る舞えば振る舞うほど、彼女に対する嫉妬がファラエナの中に蓄積されたに違いない。
 それこそ罪でも何でもない魔術師としての特性を偏見に従って貶めるくらいしか、ファラエナ王にとってアラーネアは隙のない王族なのだ。
 これほど美しい妻がいながら愛人を一度に何十人も抱えているというファラエナの胸の内とはそういうものだろう。国を治めるのに関し最も協力せねばならない王妃への嫉妬、それがファラエナを愛人へと走らせる。
 見た目だけの妾を何人も侍らせている時は口煩くも言われないし、王は王妃に不満があるのだと、無言でアラーネアを責められる。
「あの人がわたくしに不満を持っていることはわかっています。けれど、そのためにベラルーダの王陛下まで愛人のように扱うなど、許されることではありません」
 アラーネアは真摯な瞳をラウルフィカに向けた。
「お逃げください、ラウルフィカ陛下。折を見てわたくしが何とかいたします。あなたはこのようなところにいてはいけません」
「……逃げたいのは、あなたの方ではないのですか? アラーネア妃殿下」
「え? ――あ、何を」
 突然彼女を抱きしめた少年の行動に、王妃は動揺した。ほんのりと顔を赤らめ、焦った様子でラウルフィカを見上げる。
「私よりも、あなたの方が余程このプグナの王妃という立場の檻に囚われているようだ」
「ら、ラウルフィカ陛下」
「私は私のことよりも、あなたの幸せの方が気にかかります。あなた自身を愛してくださらない王など」
「それは言ってはいけませんわ。万が一にでもファラエナ陛下の耳に入れば、あなたでもただではすみません」
「何を仰います。私はどうせ元よりこの国の敵。今更不敬を働いて殺されることなど怖くはありません。――ただ、その前にもしもできるならば、あなたをその辛い立場からお救いしたい」
「何を……」
 ラウルフィカは片腕でアラーネアを抱きしめながら、片手で彼女が胸元に置いた手を取り握りしめる。それはもちろん友愛などというものではなく、恋人の距離だ。驚くアラーネアの瞳を、至近距離で見つめる。
「いつか私が、あなたをこの国から攫っていきます」
「なんてことを……」
「ファラエナ王に憎まれてでも、強引にでも。あなたには私が若造にしか思えないかもしれませんが、私はあなたを」
「そ、それ以上仰ってはいけません!」
 アラーネアは慌ててラウルフィカを遮った。顔立ちが中性的だと、美しいだのと言われてもラウルフィカは性別的には男だ。抱きすくめられてそれを実感した王妃は、彼女らしくもなく動揺していた。
「出会ったばかりで、そのような振る舞いは慎んでください。あなたは今、敵国に囚われて不安になっているのです。わたくしがたまたま甘い言葉をかけたからといって、気を許してはいけませんわ」
「……やはり、あなたはお優しいのですよ。妃殿下。本当に私のことを敵だと思っていたら、そんなことは言えません」
 ラウルフィカが腕を離して拘束を解くと、年上の貴婦人はほんの少しだけ名残惜しそうな表情をしながらも離れた。
 ラウルフィカは彼女と真っ直ぐに向かい合いながら尋ねた。
「また、ここで会うことができますか?」
「それは……」
 アラーネアは戸惑う様子を見せた後、結局何も答えずにドレスの裾を翻して駆け去ってしまった。
 しかしラウルフィカの方では、また確実に彼女が自分に会いにこの場所へ来るだろうと手ごたえを感じ、三日月の形に唇を歪めた。


34.魔性

 プグナ王宮の一室から、ラウルフィカは「侵略」を開始した。
 この国で一番権力を持っているのは王であるファラエナ。ならばラウルフィカが王宮を好き勝手に動き回るには、ファラエナの許可をとるのが確実だ。
 そしてファラエナに許可を求めるには、ファラエナの機嫌を取るのが確実だった。
「今日も大人しくしておったようだな」
 ファラエナはラウルフィカとは政治的な話を一切する気がないらしく、ラウルフィカに与えた部屋を訪れるのは、捕虜として捕らえた少年を抱く時だけだった。
 ファラエナが来る前には、部屋に先触れが来る。そうして侍女たちが多数寄越され、王の閨の内に入るのに相応しいように格好を整えられる。
 否、厳密に言えば“相応しい“というのは少し違う。侍女たちはファラエナの求めに応じてラウルフィカの身支度を整えるのだ。彼がラウルフィカに求めるのは、愛人・奴隷として彼の自由になる玩具としての装い。ラウルフィカの格好は、男の欲望を楽しませるような格好をさせられる。
 着衣と言えるような着衣ではなく、腰に透けるような頼りない薄布を飾り、金と宝玉の飾りで留める。首飾りとして華奢な金鎖を五連程下げ、足首にも飾りをつける。腕には外せない腕環がすでに留まっている。
 顔立ちを更に引き立てるために薄らと化粧を施され、裸の胸の上、乳首には金粉を塗られた。更に侍女たちは、王を受け入れる個所だからと後ろに薬を塗る。そうして娼館の娼婦並に徹底的に身支度を整えられた頃、ファラエナが部屋を訪れる。
 彼はラウルフィカを気にいっているようで、王宮に連れてこられてから毎日ラウルフィカのもとにやってくる。しかも過ごす時間は、日に日に長くなっている。
「城の中での行動範囲をもう少し広げてほしい?」
 ラウルフィカはファラエナに懇願した。敵国の捕虜として捕らえられたラウルフィカには、他の愛人のように後宮の中なら全て行き来できるような権限は与えられていない。しかしこれまで少年は従順過ぎるほど従順にファラエナの求めに応えて来た。愛人としての扱いでいいから、王宮内を歩き回らせてほしいと言ったのだ。
「ふむ……それは今日のそなたの頑張りしだいかな」
 ファラエナの膝に抱え上げられ中を抉られると、ラウルフィカはたまらず嬌声を上げた。
「ふふふ。愛い奴じゃ。一見そんな風には見えぬのに、余の手で快楽を与えられると簡単にイくのだな」
「あ……だってっ、んっ、陛下ぁ……!」
 五年間ゾルタたちに犯され続けたラウルフィカの体は、快楽に敏感だ。それはこの場面においては役に立った。女は例え感じていなくても達したフリができるが、男にはまず無理だ。何をされても快感に変換する身は、そのためには重要だった。
「んっ、そ、そこ……や、指、入れないでぇ……」
 理知的な王妃を嫌っているとの情報を踏まえて、ラウルフィカはファラエナ王との同衾の際には理性の箍を外した。黙っていれば清楚と見られる容貌を快楽に歪め、行為に没頭する。ぽろぽろと涙を零しながら男のモノが欲しいと哀願すれば、ファラエナ王はますます機嫌を良くした。
「ああ、お前は……本当に可愛いな。パピヨンに婿としてくれてやるのがもったいないわい。いや、婿としての立場につけてしまった方が愛人として処分されることもなく確実か?」
 ファラエナは段々とラウルフィカにのめりこんでいった。愛人として扱う方が好きなように着飾らせることができるが、娘婿にしてしまった方が公務を理由に傍に置いておけるなどと、算段を巡らせ始める。
 最中にラウルフィカは、王宮内の一部なら自由に歩いていいとの許可を得た。その代わり、逃げ出さないよう見張りをつけるとも。
「さぁ、余はそなたの願いを叶えてやった。こういうときにはどうやって礼をするかはわかるな」
「はい、陛下。ありがとうございます……」
 ラウルフィカは着々と、プグナの王の心を捕らえていく。

 ◆◆◆◆◆

 翌日からラウルフィカにつけられた見張りは男が二人。
 いくら寝所で甘えた顔を見せるといっても、ラウルフィカは間違いなくベラルーダの王。そして性別は男だ。侍女をつけて間違って逃げられては困るという目算があるのだろう。
 屈強な兵士たちは、ラウルフィカの格好を見て一瞬目を逸らした。ファラエナ王が気にいった薄布だけの格好を今日は日中からさせられているので、足を組んで窓枠に腰掛けていたところ、室内に入ってきた兵士たちからはちょうど下着をつけていないその奥が見えそうで見えない絶妙にいやらしい雰囲気となっていたのだ。
 これであからさまに嫌悪を示すような男なら話は違ったのだろうが、兵士二人が自分の身体に興味を示したのをラウルフィカは見過ごさなかった。
 散策を許された人気の少ない一角の廊下で、ふいに兵士に話しかける。
「あの……」
「どうかしましたか」
「すまない。その……ちょっとここが……痒くて」
 ラウルフィカは自らの乳首に手を伸ばしながら言う。真正面からそれを見てしまった兵士二人は、ごくりと生唾を飲み込んだ。
 ラウルフィカが自身の指ですでに多少弄った乳首は尖って硬くなっている。いかにも恥ずかしそうに頬を赤らめて言えば、兵士たちは食いついてきた。
「その……いろいろ塗られているせいで痒みが……とれなくて」
「そ、それは大変ですね。ああ、こんな、娼婦みたいに金粉など塗られて。そりゃ、痒いでしょうな」
「我らがかいて差し上げましょうか」
「いやお前それは」
 調子に乗って実際に手を出そうとした男をもう一人が止めるが、ラウルフィカは頷いた。
「……頼めるか?」
「え?!」
「もちろん」
 一人は仰天したが、一人はにやにやと笑顔で承諾した。もう一人も「王様がそう言うなら……」などともごもご呟いたあげく、同僚より早くラウルフィカの胸に手を伸ばそうとする。
 しかし廊下の途中ではまずいだろうと止められ、三人は場所を変えることにした。人気のない一角の、更に人気のない物置のような部屋に踏み込む。物置と言っても王宮内なのでそれほど乱雑してはおらず、多少家具が多いくらいで綺麗だ。ラウルフィカは適当なスツールの上に座らせられた。
「痒いのはどうですか。ここ?」
「んっ」
 兵士の指が容赦なく乳首をつねり上げると、ラウルフィカは甘い声をあげる。
「こ、こちらはどうです?」
 もう一人の男も、息を荒げながらラウルフィカの胸の突起を弄り倒した。つねり、指で挟んで揉み、爪でひっかき、引っぱり、指の腹でぐりぐりと押しつぶす。
「あ、そ……そこ、うん……もっと……」
「いくら敵国の捕虜とは言え、仮にも王様の言うことに俺たち下っ端兵士は逆らえませんからね」
「そ、そうだよな」
 一人は調子よく、一人は後ろめたさを覚えながらもやはりラウルフィカの身体に興味を隠しきれない様子で、あれはこれはと弄り倒す。
「ところで王様、こうやってかくだけで本当に痒いの収まります? やっぱりここは、べったり塗られてるものを洗い流さないと痒みがとれないと思うんですよ」
「そう……だな」
「ですよね、だから、お手伝いして差し上げます」
 言うと男は、ラウルフィカの乳首に吸いついた。
「あん!」
 舌で転がされ、ラウルフィカは咄嗟に先程より激しい声を零してしまう。同僚のやることを見ていたもう一人もまた、もう片方の乳首を舐め上げた。
「ヒァ……! あ、う、も、もう、そっちは十分」
「そっちは、てことは他にまだどこか痒い場所があるんですよねぇ、王様」
 男の一人が言って、ラウルフィカの腰に巻かれている薄布に指を突っ込んだ。下腹を意味ありげな指遣いで撫でられるとラウルフィカは身体を震わせた。
「この中って、下着どうなってんです?」
「つけてない……」
「じゃあ、ちょっとまくりあげればそれですみますね」
「あっ」
 男たちは大胆にもラウルフィカの衣装に手をかけた。
「ああー、でもこれじゃ先走りで、うちの陛下が用意した大事な衣装が汚れてしまいますね。いっそ完全に脱いじゃいましょうか」
 下半身を隠していたものを剥がれて、まったくの無防備になる。中途半端に勃ち上がりかけた欲望が男たちの目前に晒された。
「こっちも痒いんですよね」
「あっ、だめ、触らないで!」
 自身をやわやわと握られたラウルフィカは、顔を真っ赤にして説得力のない拒絶の言葉を吐いた。男たちの興奮がますます強くなる。
「でもここで出したら、その、いろいろとしてたことがバレちまうんじゃあ……」
「そうだなぁ。じゃ、飲むか」
「の、飲むのか?」
「まぁそんな顔するなって。言いだしっぺなんだから俺がやるよ」
「いや、俺にやらせてくれ! 俺がやりたい」
「そ、そう……じゃあ俺は、ここもべったり薬塗られてかゆ〜い後ろの穴をかいて差し上げようかね」
「ひァ!」
 男の一人が中に指を入れる。塗られた潤滑油の効果もあってするりと奥まで入ってきたそれに、ラウルフィカは悲鳴じみた声をあげた。
「じゃ、お前は前で王様の出すものを受け止めてやんなよ」
「お、おう」
 二人の男がラウルフィカを間に挟む。一人がラウルフィカの片足を曲げその間に腕を通す形で後ろから抱きあげた。体勢を整えると、中に指を突っ込んで刺激しはじめる。もう一人は前で先走りを滴らせる肉棒の先端を口に含み、舌を絡ませた。
 奥を突いたり、内壁を擦ったり、中を弄る指の動きは激しい。更に足の間にあるモノに吸いつかれ、舐められ、身体がこれまで以上に熱くなっていく。
「や、もう、……だめっ!」
 前と後ろ同時に刺激され、ラウルフィカはあっという間に達した。力の抜けた身体を背後の男に抱きとめられたところで、目の前の男がラウルフィカの顔に、先程彼がしたように奉仕しろと欲望を近付ける。
「俺たちも、証拠隠滅しなけりゃいけませんから……なぁ?」
「そうそう。こいつの次は俺もお願いしますよ。ねぇ王様?」
「……ああ、わかった」
 ラウルフィカは大人しく男のモノを口に含んだ。裸体に宝飾品だけをつけた艶めかしい格好で奉仕する姿に男たちの欲望は止まらず、その後何度も口を使われる。白濁の液で腹が膨れるんじゃないかと言うくらい、放たれた精を飲みこんだ。
「ハァ、ハァ……そんなやらしい格好されたら、いつまでも終わんないよ」
 それでも男二人が満足した頃に、ラウルフィカは少し休みたいからちょっとだけ離れていてくれと話を持ちかけた。
 男の一人がにやりと笑い、そういうことならとラウルフィカを部屋に残してもう一人と共にその場を去る。
「……やりすぎじゃないんですか? 何もあんなにまでしてやんなくても」
「普段から人には親切にしておくものだ。そうするとこのようにいざという時、頼みごとを聞いてもらいやすいからな」
「あれが、親切、ねぇ……」
 窓際に降り立った小鳥が当然のように喋り、ラウルフィカもまた当然と答えた。ベラルーダの魔術師長はプグナの王宮内部まで移動する力はないが、媒介を送るだけなら十分だという。
「それでは報告を聞いて、またこちらの指示を伝えようか。ザッハール」
 体を起こして窓辺の小鳥に向き直った少年は、すでに美しいだけの王の愛人ではない。自らもまた人の上に立つ王の目となって、ひそやかな企みを進行させていた。


35.求婚

 ラウルフィカはファラエナ王に抱かれ、兵士たちに抱かれながらもその中で着々と自分の時間を作り、プグナを打ち倒す計画を進めていた。その傍ら、以前後宮の中庭で顔を合わせたアラーネア王妃との時間をも持っていた。
 理知的だがそれを振りかざすようなことをしないアラーネアは、知識量は真の賢者に及ばないが浅く広く学問を修め、どんな話題でも機転の利くラウルフィカとは話が合った。
 一日の間の僅かな時間、しかしそれも積み重なれば長い時間こうして過ごしたような親しみを生む。
 二人はある意味似た者同士と言えた。国王でありながらあまりに幼くして玉座に着いたため宰相たちの傀儡となるしかなかったラウルフィカと、女であるために自らが玉座に着くことは叶わなかったアラーネア。どちらも自分の境遇に悔しい思いを抱いて、今の国の現状を憂えている。
更にアラーネアはベラルーダとの領土争いも反対だったという。ベラルーダの王位が先王からラウルフィカに移った時点で和睦を申し込むようファラエナ王に進言したが、受け入れられなかったのだと。
「申し訳ありません。ラウルフィカ陛下。わたくしはこの国で、何もできない……」
「いいえ。妃殿下。あなたのような方がいてくださればこそ、私は一ベラルーダ人としてプグナが我が国と同じ砂漠地域の同胞の国であることを信じていられる」
 ラウルフィカとアラーネアがそうして語り合う様子は、まるで少しだけ年の離れた恋人同士のように他者には見えただろう。
 少なくともラウルフィカの中には、アラーネアに対し恋とは少し違うが、好意と呼べるだけのものはあった。
 そしてそれだけではない、彼女をどう使えば一番この件の収まりがいいのかという思惑も。

 ◆◆◆◆◆

 ファラエナは日に日にラウルフィカに溺れていった。
「ふふふ。そうだ、そこだ」
 少年の白い双丘の間に自らの赤黒い肉塊を埋め、華奢な身体をガクガクと揺さぶりながらプグナの王は恍惚とする。四つん這いで彼のモノを受け入れているラウルフィカは、そろそろ意識が飛びそうだった。
「へ、いか! もう……!」
「イきたいか?」
「は、い」
「ならば約束するんだ。もう二度と、下男なぞに色目を使わないと」
「も、もちろんです」
 この場合においてはファラエナの言う下男にラウルフィカは色目を使った覚えはなかったが、とりあえず頷いておいた。
「良かろう」
 そう言ってファラエナは、ようやくラウルフィカのモノの根元を戒めていた紐を解く。これまで精を放つことを許されなかった性器は彼本来の色よりも赤黒く、もう少しで紫と見えそうなほど危険な色に染まっている。
 ラウルフィカの状態には構わず、彼の中に白濁を放ったファラエナはヒクヒクと震える穴から男根を取り出してラウルフィカに命じた。
「奴隷のやることはわかっているな? お前のふしだらな身で穢したものを清めよ。犬のように這いつくばって舐めるんだ」
「は……はい」
 屈辱的な命令に半ば涙目になりながらも、ラウルフィカは大人しく、自身の快楽は後回しにして先程まで彼の中に埋め込まれていたファラエナのモノを舐め清め始めた。プグナの王はラウルフィカの身体を傷つけるようなことはしなかったが、先程のように射精を制限されて苦しめられることはある。
 それが終わるとファラエナに顎を掴まれて顔を上げさせられ、はっきりと宣告された。
「いいか、ラウルフィカ。お前は余のものだ。誰にも渡さぬ」
 はじめこそ隣国の美しい少年王を手篭めにすれば先王に対する溜飲も下がると考えていたファラエナは、いつしか本気になっていた。それまでの愛妾たちには目もくれず、時間がある限りひたすらラウルフィカを抱いた。そろそろ壮年と呼ばれる年頃の男にしては、毎日のように激務で鍛えられたファラエナは体力もあり、精力的な活動ができた。
「いっそお前に首輪をつけてこの部屋に閉じ込めてしまいたいくらいだ。だが、この美しい肌に痕が残るようなことは好かない」
 ファラエナはそう言うものの、彼の目は今にもラウルフィカに首輪をつけんばかりの様相だ。
「せいぜい余の機嫌を損ねぬことだ。ラウルフィカ、お前が余程のことをしなければ、余はお前を殺そうとは思わない。だがお前が余を裏切るようなことがあれば――」
 褐色の瞳が鈍く輝く。
「手足を斬り落とし、首輪をつけて牢獄で飼ってやる」
 ぞくりと寒気を感じるような威圧と共に放たれた言葉は、間違いなく彼の本気だった。

 ◆◆◆◆◆

「ラウルフィカ陛下」
「妃殿下」
 ラウルフィカとアラーネアの逢引きは中庭が恒例になっていた。昼日中であればファラエナには仕事があり、まずこちらにやってくることはない。
 王に嫌われているが彼女の存在がファラエナの王位を安定させるのに必要である以上、アラーネアの行動を見張って、落ち度があれば王に報告しようなどという者もいない。おかげで二人は、ファラエナが来ないとわかっている時間だけでもゆっくりできた。
「最近はどうですか? わたくしの周りの者はこういうことをわたくしの耳に入れたくないようでして」
「それはそうでしょうね。私の方は元気でやっております」
 本来なら二人は王の正妻と愛人という立場だ。異性なのでまだお互いの立場に複雑な同情も抱けるが、同性同士だったらむしろ血を見る争いになっておかしくない間柄。夫の愛人の動向など、そのような話題を好みそうにもないアラーネアにわざわざ話をしようと思う侍女もいるはずがなかった。
 ラウルフィカがこの王宮に来てから半月以上の時間が立っていた。そろそろ潮時だな、と彼は考える。
「妃殿下」
 初日に早々と告白した時のように、ラウルフィカはアラーネアの手にそっと自分の手を重ね、真剣な眼差しで彼女の瞳を覗き込んだ。
「ここから逃げるおつもりはありませんか? ……私と一緒に」
「そんな……こと」
「私はベラルーダの王です。いずれは何を差し置いても、私の王国へ帰らなければなりません。その時に、あなたに私の隣にいてほしい」
 若い娘ならばベラルーダの王でもあるラウルフィカに言われればすぐにも舞いあがってしまいそうな言葉にも、王の妃として二十年以上務めた貴婦人は慎重だった。
「ラウルフィカ陛下が逃げることをお望みならば、わたくしに引きとめる術はありません。こちらでできることでしたら、なんでも手助けいたします。けれど、わたくしは……」
 アラーネアは語尾を濁した。ラウルフィカは彼女の迷いを明かすように畳みかける。
「妃殿下、それはあなたが私をお嫌いだということですか?」
「何を仰います?!」
「私には、この王宮でのあなたの暮らしが幸福とは思えない。ファラエナ王と同じ王という立場でも、私なら、あなたを幸福にできると考えるのは私の自惚れですか」
「そんな……そんなことは……」
 アラーネアは頬を染めながら首を横に振った。咄嗟に離れようとするその体を、ラウルフィカは抱きしめる。
「ラウルフィカ様……そんなこと、どうか仰らないでくださいませ。私はあなたの母と言ってもおかしくない年齢の女ですよ」
「年齢など関係ありません。私はただ、あなたが欲しい」
 そしてついにラウルフィカは決定的な言葉を口にした。
「私の妻に――プグナではなく、ベラルーダの王妃となってください。アラーネア様」
「ラウルフィカ様!」
 咎めるようにアラーネアはラウルフィカの名前を呼んだ。今まさに戦争をしている敵国の王妃を口説く王など聞いたことがない。それにラウルフィカとアラーネアでは年齢が離れ過ぎている。アラーネアにはラウルフィカと同い年の娘がいるのだ。
 二人は中庭での逢引きを重ねるくらいで、人目を忍んで肌を重ねるようなことはしたことがなかった。特にアラーネアの方はいくらラウルフィカに惹かれていても、娘と同い年の少年にそういった意味で触れようなどと、思ったこともなかったに違いない。
「あなたがもしも承諾してくださらないなら、それでも構いません。その時は、私は強引にでもあなたを攫って行くのみ」
「ラウルフィカ様……」
 あとひと押し、そうラウルフィカは感じた。アラーネアの気持ちはラウルフィカの方にある。彼女と吊り合うには若干幼いとすら言え、王妃を蔑ろにする醜い中年の王に比べれば、若くて美しいラウルフィカはそれだけで有利。女心にとっては勝負にならないとすら言えた。そこを引きとどめていたのがアラーネアの王妃としての責任感だが、王族としての立場も今は戦時中という事情が、境界を曖昧にしている。
「アラーネア様、私は――」
 台詞の途中でアラーネアの表情が凍りついたことに気づき、ラウルフィカは背後を振りかえった。中庭の庭園は風に草木の揺れる音がささやかながら入り乱れていて、すぐそこに人がいるのに気づくのが遅れた。
 彼の背後には、プグナ王ファラエナが立っていた。


36.殺害

「これは一体、どういうことだ」
 顔色を失っていたファラエナの声に静かに怒気が籠もる。
「アラーネア! 何故貴様がここにいる?!」
 彼の怒りはまず自分の妻へと向けられた。普通なら妻を誘惑した男の方に行きそうなものだが、ファラエナの場合は違った。咄嗟にラウルフィカの胸を押して体を離したものの、アラーネアは凍りついている。
「何故貴様がラウルフィカと! ええい、離れろ! 貴様のような女にこれは渡さん!」
 ファラエナの怒りは、ラウルフィカにアラーネアを奪われたというより、アラーネアにラウルフィカを奪われたという方向に向かっていた。プグナの王にとって妻はいつまで経っても彼の行く手を阻む競争相手であり、ベラルーダの若き王は彼の敵ではなかった。
 それほどまでにファラエナにとって妻への憎しみは強く、ラウルフィカのことは侮っていた。
 ファラエナが咄嗟に妻に手を上げようとしたところを、ラウルフィカは庇った。アラーネアを打つ代わりにラウルフィカの頬をかすったファラエナの手が、一筋の傷を作る。
「ラウルフィカ、お前……」
「この方は、傷付けさせません」
 これまで間違っても傷など作らぬよう彼自身が気をかけていた顔に傷を作り、平然とそんなことを言ってみせたラウルフィカの態度にファラエナは激昂した。
「お前……お前が、裏切るというのか! 余を!」
「へ、陛下!」
 アラーネアが悲鳴を上げる。ほとんど半裸のラウルフィカと違いしっかりと衣装を身に着けていたファラエナは、その懐から短刀を取り出したのだ。
「衛兵! 王妃を捕らえよ!」
「何を?!」
「こやつは敵国の王に通じた姦婦なり! そしてラウルフィカ、お前にも償ってもらうぞ! 言ったはずだ。余を裏切るようなことがあれば、手足を斬り落とし首輪をつけて飼うぞと」
「裏切った覚えはない」
 ラウルフィカは淡々と言った。
「裏切るも何も、最初からあなたの味方になった覚えがない」
「――もういい!」
「陛下! おやめください!」
 血走った目で短刀を向けるファラエナに、ラウルフィカは背筋に汗を伝わせながらも向かい合った。アラーネアを遠ざけさせ、一世一代の賭けに出る。
 護身術は一通り叩きこまれたが、これまで幸か不幸か使う機会はなかった。刃を向けて来た相手に素手で対峙するには――。
 瞬時に思い出した技をかけ、ファラエナ王の刃をかわす。そのまま短刀を持つ腕を捻ると、その刃をファラエナ自身の腹部に刺しこませた。
「――陛下!」
 アラーネアが悲鳴を上げる。
 短刀とはいえ急所を深く刺された王は、刃を抜いた数瞬後にはすでに事切れていた。中庭の下草に、腹部を傷付けたための赤黒い血が落ちる。
 王は中庭に護衛を連れてきていなかったため、衛兵が来るまでまだ少しの時間がある。その間にけりをつける必要があった。
「アラーネア様」
「ラウルフィカ様……」
「あなたは、私が許せませんか? ですが私は自分の信じることをし、ベラルーダの王としての行動を取ったまで」
 貴婦人を凶刃から守るのは男の役目、プグナ王を殺すのはベラルーダ王の役目。
「あなたにもしも――ほんの一欠片でもいい、私を愛してくださる気持ちがあるのなら」
「言わせないで下さい。ラウルフィカ様、この状況ではもう、わたくしには選ぶ道などありません」
 アラーネアが涙を零しながら、返り血に濡れるラウルフィカの腕の中へと飛び込む。
「お連れくださいませ、あなたの国へ。夫が目の前で殺されても何も感じないなんて、……それよりもあなたのことばかり案じているなんて、わたくしはプグナの王妃失格です」
 とうとうラウルフィカはアラーネアから望む言葉を引きだした。
「プグナはもう終わりだわ。でもどうか、この国を滅ぼすなら、どうかあなたの手で――」
「プグナを悪いようにはいたしません」
 血塗れの手でラウルフィカはプグナの王妃から、ベラルーダの王妃となることを決意した女性を抱きしめた。だが、そうしていられる時間はこの場では長くはない。
「ザッハール! 聞こえるか!」
 ラウルフィカは誰もいない虚空に呼びかけた。アラーネアが目を瞠る前で、銀髪の青年が唐突に何もない空間を割って現れる。
「はいはい、聞こえてますよ。建物の中でなければ多少は術の通りがいいようですね。これは未来の王妃様、御機嫌麗しゅう」
 血塗れの惨状で呑気な挨拶をする青年に、アラーネアは「魔術師」と呟いた。
「これは我が国の宮廷魔術師長ザッハールと申します。本人の申告によるとあなたより魔術の腕では劣るそうですが」
「酷い言い方ですね、陛下。こんな俺でも、先程死んだこのプグナ王に仮初めの命を与えることぐらいはできますよ」
「――なんですって?」
「最初からこうするつもりだったのです、アラーネア様。……私はベラルーダの王ですから」
 ラウルフィカの言葉に、アラーネアはどんどん顔色を失っていった。これから他でもないラウルフィカの手により作られる惨劇に、言葉も出ない。
「私を嫌いになりますか? あなたの国を破壊する男だ。今ならまだ間に合うかもしれませんよ」
「酷い……本当に酷い方ですわ……ラウルフィカ様」
 アラーネアは静かに涙を零すと、再びラウルフィカの血塗れの手を取った。
「わたくしがもう、あなたを見捨てることなどできないことを、あなたが何者でもあなたしか選べない、こんな時になってそれを告げるなんて」
 そう言いながらも、アラーネアがラウルフィカの手を離すことはない。それを確かめてから、ラウルフィカはザッハールに今後の指示を出した。
「この国を滅ぼせ」


37.火焔

 彼は何故、自分がそのような状態になっているのか理解できなかった。
 刺された傷の痛みは感じていなかった。しかしそれは彼が感じていないだけで、傷は間違いなく彼の体にぱっくりと口を開けて赤黒い血をだらだらと零していた。
 ぼんやりとした思考の隅で、ゆっくりと黒髪の少年の記憶を思い出す。
 ――ああ、そうだ。裏切ったのだ、自分を。
 ファラエナは衝動のままに、部屋の燭台に火をつけた。カーテンから部屋にも火をつけ、松明代わりの燭台を振りまわして叫ぶ。
 何もかも燃えてしまえ! 何もかもすべて壊してしまえばいい! 
「お前のせいだぞ。お前が私を狂わせた! ラウルフィカ、こうなったら共に死ね!」

 ◆◆◆◆◆

 ザッハールに連絡されたラウルフィカの命により、ベラルーダ軍はプグナ王国を取り囲むように要所要所の砦を攻撃していた。
 広範囲にわたって攻めるために、一か所ごとの兵士の数は少ない。だがそれを補うように、ヴェティエル商会から仕入れた火薬がある。
「敵の兵器が強力すぎる! 王宮からの援軍はまだか?!」
「そ、それが」
 その頃王宮から火の手が上がったとプグナ軍には連絡が行っていた。王のいます宮殿の危機と、目前のベラルーダ軍、プグナ側がこの状況に動揺して足並みを乱すことは当然だった。
「今だ、攻めこめ!」
 ジュドー将軍の号令により、半月以上の長きに渡って敗退と嘲笑を余儀なくされていたベラルーダ軍がついに動き始めた。

 ◆◆◆◆◆

 プグナ王宮は混乱の最中にあった。
「おおお! もはや余は誰も信じぬ! 余に逆らう者は皆死ぬがいい!」
「ファラエナ陛下! どうか落ち着いてください! 一体何があったのですか?!」
 城内は乱心したファラエナ王の凶行により、人々が逃げ回っていた。城に点けられた火が燃え広がり、退路を断つ。逃げようとする使用人たちとそれを押しとどめる兵士との間で乱闘になり、幾人もの怪我人が出た。
「城から出るな! 陛下の御命令だ!」
「馬鹿野郎! この火事でんなこと言ってられっかよ!」
 宮殿に火を点けて回ったファラエナは短刀を持ち歩いていた。鎧を着込んだ兵士も無力な侍女も関係なく、見かけた人間に見境なく斬りかかる。
「燃えろ! 全て燃えてしまえ!」
「陛下、伝令が……! ベラルーダ軍が砦をいくつも落とし……陛下!」
 国境をはじめとする砦を守る兵士たちがそうであるように、王宮でもベラルーダ軍がこの砂漠地帯で、主に火薬を使った攻撃をしてきたことにより、軍部の人々は戸惑っていた。戦場のことはもちろん見過ごせないが、今は王宮がそれどころではない。
 ファラエナの耳にはまともな言葉はもはや届かず、彼は凶刃を振るい暴れ続けるだけの亡者と化していた。――実際に彼が死人であることを知っていたのは、ごく一部の人間だけだったが。
「きゃあ!」
 行く手を炎に阻まれた侍女たちが悲鳴をあげる。
「こんな……どこに逃げればいいというのよ!」
「向こうだ」
 その時、一人の少年が彼女たちに道を示した。
「庭を通って東の回廊から外に出るといい。植物は水分を含んでいるから、意外に燃え広がらないものなんだ」
「は……はい!」
 侍女たちは黒髪に青い瞳のその少年が誰かもわからぬまま、とにかくその言葉に従って城を出て避難した。
「さて、これでほとんどの者が避難したかな」
 ラウルフィカは周囲を見回して人の気配がないことを確認し、自らも避難するべく来た道を引き返してきた。
 人々が集まる城の正門外では、何が起こったかわからない人々が不安な顔で集まっていた。これ以上逃げる場所はないが、城が更に燃え広がればいつここも炎に包まれるかわからないと思っている。
 ラウルフィカは城の中にいた最後の一人として正面から堂々と出て来た。そして暮れかけた空を焦がす炎を背に口を開き声を張り上げる。
「プグナ国王ファラエナは乱心した。かの者にすでに王の資格なし」
 ラウルフィカはいつもの腰布と装飾品だけの格好だったが、それは炎が舞いあがるこの非現実的な惨事の光景と相まって、まるで天上の神が愚かな人間への断罪を告げに降りて来たかのようだった。肌に残る口付け痕の鬱血なども、人々と多少距離のあるこの場所からでは見えないのでなおさらだ。
 炎が作る暗く淡く赤い逆光の中でもわかるその美貌に、人々は我を忘れて飲まれた。舞い散る火の粉さえ、燃え盛る城を背に立つ人の背景を飾るよう。
 王宮は炎に包まれていく。冷静に考えれば一か所で上がった炎がこんなにも早く宮中全体を包むはずなどない。しかし乱心して周囲に火をつけ、民に刃を振るった王の姿を目にした兵士たち、使用人たちにとって、冷静などという言葉はもはや頭の片隅にも残っていなかった。
 ――炎が全てをその赤い舌で飲みこんでいく。
「プグナの民よ。生き延びたくば我に従え」
「あ……あなた様は」
 誰かが問うたが、ラウルフィカは答えずに、傍にいたアラーネアに声をかける。
「アラーネア妃殿下、この炎を消すことはできますか?」
「わたくし一人では無理です。ここには水が足りません。それにわたくしは火の魔術師。炎を燃やすことは得意でも、消すことは苦手なのです」
 ラウルフィカとアラーネアのこの会話は、あらかじめ打ち合わせていたものだった。ラウルフィカは彼女の能力を知った上で、彼女に火を消させる舞台を用意した。
 ザッハールによれば、アラーネアはベラルーダの宮廷魔術師である彼以上の実力を持つ魔術師だ。ならばその力の使い方次第で、王宮を燃やす炎を消すこともできるかもしれないと考えた。
「ならば、炎には炎で行きましょう」
「どうするのですか?」
「我が軍はこたびの戦に備えて大量の火薬を購入しました。それを使えば、爆発の勢いで逆に炎を消すことも可能でしょう」
「――なるほど」
 ラウルフィカの指示通りにザッハールが運んできた火薬、それを使い、アラーネアは見事王宮を包む劫火を消して見せた。
 火薬の爆発と息を合わせて放たれた魔術により、被害は最小限で済んだ。一瞬で目の前から消えた炎に、人々は悪い夢でも見ていたのではないかと疑った。
「おおっ!」
「そんな……」
 目の前で起きた魔術の神秘に、人々は度肝を抜かれた。これまでも魔術師という肩書だけで恐れられていたアラーネアに、畏怖の視線を向ける。
 しかし王宮の火を消したからといって、そこで問題は終わりではない。
 プグナの危機はまだ続いている。王宮の者たちが動けないこの状況で、いくつもの砦がベラルーダ軍に囲まれてぎりぎりの攻防を続けているのだ。
「さて、どうするのかな。プグナの重臣のお歴々」
 ファラエナ王の側近として控えていた大臣たちにラウルフィカは歩み寄った。ラウルフィカが宮廷に連れて来られたことも知っている彼らは、これらの惨事が恐らく全てラウルフィカの罠であったろうことも理解していた。
 しかし誰よりも真っ先にその罠へと落ちたのは、当のプグナ王である。それ故彼らもラウルフィカを非難すればこの問題に片がつくなどとは到底思っていなかった。
「まだ……終わってはおりませぬ。ベラルーダ王。あなたを人質に国の外のベラルーダ軍を止めれば」
「できるのか? この状況で。そしてそれをしたところでどうなるという? ベラルーダは私を切り捨ててそのまま混乱に乗じてこの国に攻めいればいいだけだ。プグナの方は、このままベラルーダを迎え撃てると思うのか?」
 諦め悪く降伏以外の道を模索した一人に、ラウルフィカはくすっと妖艶に微笑んで選択肢を突きつける。
「選ぶがいい、プグナの者たちよ。お前たちに残された道はただ二つ。私と共にこのままベラルーダに攻め込まれて滅ぶか。私の前に跪き、ベラルーダとプグナの和平を乞うかだ」
 残された道は二つ、そして選べるのは、どちらか一つだけ。
 重臣たちは顔を見合わせ、絶望的な呻きや諦めの溜息と共にその選択を口にした。
「……降伏します。ベラルーダ王陛下。どうか貴国の軍を引いてください」
「――よかろう」

 ベラルーダとプグナの長い争いの歴史が、遂に幕を閉じた。


38.婚姻

 それまで姿を消していたラウルフィカが軍本部にアラーネアを連れて戻り、更にはプグナとの和平――という名のプグナの服従の証――を示す文書を持ってベラルーダ王宮に帰ってきたことは、経過を知らない人々に衝撃を与えた。
 特に衝撃が大きかったと見えるのは、他でもない宰相ゾルタだ。今回のことに関し、ゾルタはほとんど口出しできなかった。ミレアスの手によってプグナ王宮に入り込んだラウルフィカは、勝手にプグナ王を殺し、残ったプグナの重臣たちから降伏するという言質を引き出し、あまつさえプグナの元王妃を自分の妻にすると宣言して連れ帰ってきたのだから。
 ゾルタにベラルーダの重臣たち、南東帝国皇帝スワド、そしてアラーネアの収まった謁見の間で、ラウルフィカは今回の顛末を説明していた。
「それでは、プグナ王の乱心により混乱の極致にあった宮廷を治めることでプグナ側の信頼を得、両国の和睦に関する誓約を交わした……ということでよろしいのですね」
「ああ」
 事態がほとんど自分の知らないところで勝手に動いたということに、ゾルタは怒りを覚えていた。ラウルフィカはそんなゾルタを見てこの五年間の溜飲をようやく下げる。
「その証に、陛下がプグナ王族であるそちらのアラーネア様を妻に迎える……とのことで……」
 そんな重大なことを勝手に決定したラウルフィカに対する怒りで、ゾルタの衣の内側で握りしめられた拳が震えている。さすがに顔色は変わらないが、こめかみが今にも引きつりそうだ。
 王が我儘を言って勝手に決めた妻に関してなど、通常受け入れられるものではない。しかし今回のラウルフィカの行動においては、誰もけちをつけられなかった。アラーネアは年齢的にラウルフィカよりかなり年上であることが気にされるものの、王族として王位を継ぐ可能性もある者として教育を受けた完璧な貴婦人だ。美貌もラウルフィカの隣に立って見劣りがせず、高貴な気品に生半な貴族は圧倒される。娘をすでに一人もうけている以上、子供ができないという心配もない。
 王がアラーネアを女性として見るとひとたび宣言するならば、砂漠地域の近隣の国家で確かに彼女以上に「高貴な女性」と呼ばれる存在はいない。しかも彼女と結婚すれば、もれなくプグナの利権がついてくるのだ。誰もラウルフィカの行動に異論を唱えられなかった。
「プグナ側では砂漠の国同士が争うことの無益さに気づき、今後は両国が手を取り合って友好を築き上げていこうという話で合意した」
 そうなるように仕向けたくせにしゃあしゃあとラウルフィカは言ってのける。ラウルフィカの代で直接プグナを統治出来ずとも、ラウルフィカとアラーネアの子であればベラルーダとプグナ、両方の国の継承権を持つこととなる。
「そこでゾルタ、永年宰相としてベラルーダに仕えたお前に栄誉ある地位を授けたい」
「……なんでしょう」
 不穏なものを感じて渋面となったゾルタににっこり笑いかけると、ラウルフィカは彼の「復讐」を口にした。
「プグナの王女殿下と婚儀をあげ、かの地を統治せよ」
「な――」
 またしてもゾルタは驚き、絶句し、今度のそれからはしばらく立ち直れなかった。周りの貴族たちもざわめく。
 いくらベラルーダでは色男で通していても、ゾルタは今年三十五歳。十八歳の王女の相手として、隣国の倍近い年齢の宰相は不適切なのではないか――と通常は考えられる。
 だがこれもやはり今回の事情を考えれば適切と言える範囲内の処置だった。ラウルフィカがベラルーダ王としてプグナを併呑して立つには、プグナの支配者からその地位と権力を奪わねばならない。そのためにはプグナの王女を適当なベラルーダ貴族と結婚させてしまうのが手っ取り早いが、本当に「適当」な相手をあてがっては、プグナの国民感情が悪くなる。かといって婚姻の自由を許すとそれはそれでまた、ややこしいことになる。
 ベラルーダが完全にプグナを併呑し、その王位はラウルフィカとアラーネアの子が継ぐことになる。一方アラーネアの娘である王女方の血は、ベラルーダの宰相位を持つ男と結婚させることによって、高貴ながら「王の下」という位置に混ぜて支配する。
 プグナをベラルーダの支配下に置くが、ベラルーダ側としては最善の行動を尽くすというのが最も丸く収める方法だ。そのためには、ベラルーダの世襲宰相をプグナ王女と結婚させるという発案は悪くはなかった。
 当事者の考えを除けば、だが。
「どうだ、ゾルタ。これは命令だが、一応お前の意見も聞こうではないか」
 宰相としてゾルタが断らないだろうことをわかっていてラウルフィカはそう言った。これがラウルフィカの、ゾルタに対する復讐だった。
 ゾルタは怒りのあまり赤くなるを通り越して青ざめながらも礼をする。それは承諾の証。
 幼かったラウルフィカを犯し、傀儡とした男はこれ以降もラウルフィカを支配し続けるつもりだった。王妃として適当な貴族の娘をあてがい、世継ぎが生まれればその教育にも口を出し――。
 しかしラウルフィカの方が早く動いたことにより、その目論見は潰え去った。ゾルタ自身がやろうとしていた、妃をあてがいその血の行く末までも支配するという方法を、ラウルフィカの方が行ったのだ。
 自らより「下」に置いたはずの相手に出し抜かれたという屈辱。しかも多少の評判が落ちることを覚悟で断ればいいというものではない、絶対に断ることができない案件。見知らぬ女、それも自分の半分ほどしか生きていない小娘と結婚させられる苦痛。それらがゾルタにのしかかってくる。
 これまでパルシャやナブラのように身内によって困らされたことのない冷酷なゾルタには、弱点などないように思われていた。ゾルタはいざとなれば家族でさえあっさりと見捨てられる人間だからだ。しかし彼の弱点は、弱味がないことそのものだった。例え名ばかりの妻でも結婚さえしておけば、この期に及んでラウルフィカに妃を押しつけられるなどということはなかっただろう。
 話し合いは、ラウルフィカの今回の一連の行動、勝手に姿を消したことから皇帝の望みを叶えるためにどのような功績を上げたかまで全て含め、それを認めるという形で終了した。
 表向きは穏やかに、しかし水面下ではあちらこちらで大きな思惑が動いている。
「……後悔しますよ、陛下」
 人を遠ざけてラウルフィカと二人きりになると、ゾルタは口を開いた。
「後悔などしないさ、宰相殿。これまでご苦労だったな」
「――私の助力なしに、あなたのような無鉄砲な子どもが国の統治などできるとお思いか」
「やってみせる。私にはもう、お前は必要ない」
 五年前に一言そう言えるだけの実力があればまったく違ったものになったであろうラウルフィカの人生。その言葉をようやくはっきりと言いきったラウルフィカに、ゾルタは苦々しさと、一抹の期待を込めた先程の台詞で答えた。
「後悔しますよ、陛下」
 ラウルフィカはただ微笑む。ゾルタは動揺を押し隠し、完璧な礼をしてラウルフィカの前を辞した。
 ラウルフィカは一人謁見の間に取り残され、玉座へと腰を据える。
 初めてこの椅子が自分のものだと感じた。今はこの背後に、人形の操り手のようにいつも控えていた男たちの姿はない。それは空虚ささえ伴う、――解放。
 今回のことは五年間の戦いの末に、ラウルフィカがようやくゾルタから取った「勝利」であった。
 一人で、自分の力で頂点に立つことができるようになり、ラウルフィカ・ベラルーダは、真の意味でこの国の王となる。
 ――復讐劇の終わりが近付いていた。