7.主従

 黄金と呼ばれる大陸の南部地域は幾つかの帝国領と砂漠地帯に存在する無数の小国から成り立っている。この地方を表だって支配するシャルカント帝国は現皇帝の祖父の代に近隣の国々を征服してその所領を広げた。
 この世界ダードリア・アーシェナータには遥か古に一人の魔術師が神々に反逆し、創造の女神からその名を奪ったという伝説がある。人類最強にして最悪のその魔術師は女神からその名と力を奪ったことにより、“創造の魔術師”と呼ばれるようになった。神々がこの地上で暮らしていた頃より生きているとされる、神話的な存在だ。
 そしてこの黄の大陸の北部は、かつて創造の魔術師が渡ったという伝説があるため、魔術師を忌み嫌う傾向がある。
 一方同じ大陸でも、砂漠と運河に沿った交易によって独自の文化を発展させた南部地域では事情が違った。南部における魔術はただの便利な技術にすぎない。砂漠越えには欠かせない技術と魔術が持ち込まれてからの砂漠地域は、交易によってもたらされた富により帝国に支配されることもなく渡り合ってきた。
 かの砂漠地域を治める国の一つベラルーダ、その王が代替わりしたのは、五年前のことである。
 当時は摂政任せの政治を行う子どもでしかなかったラウルフィカ王。それから五年の歳月を経て、彼は十八歳の少年王となっていた。

 ◆◆◆◆◆

 薄暗い室内に湿った息づかいが響く。
「ん……ぅ、ふ、む……」
 一つだけ灯された燭台の明かりが室内にいる人影を浮かび上がらせていた。浮かび上がる姿は二人分。しかも、下半身の部分が重なり合うようになっている。
「ん……ん、んっ」
 蝋燭の橙色の炎の影で白い肌を晒している人影のうち、一人は三十代とみられる男性で、もう一人はまだ若い少年だった。
 男の方も整えられた髭が似合うなかなかの美公だが、それにも増してハッと人目を引くのは男の下にいる少年である。
 うなじまで届く艶やかな漆黒の髪、銀砂漠と呼ばれるこの地方特有の白い肌。
 潤んだ瞳は、オアシスの碧をしていた。この地方では直接目にする者も少ない海の色をした瞳だ。
 造作は少女たちが好む本に出てくるような麗しさで、男と言われても女と言われても通じる、不思議な中性的な美貌を湛えている。
 彼こそがこの国、ベラルーダのラウルフィカ王。早くに父王を失って玉座についたまだ十八歳の少年王である。
 しかしその王の麗しい尊顔も、今は憂いを湛えて歪んでいる。
「んっ……ん、ぅ」
 ラウルフィカの口には今、柔らかい布で猿轡が噛まされていた。同じ布が今度は両手首をも後手に縛りあげている。
 拘束を除けば、今のラウルフィカは全裸だった。匂い立つような白く滑らかな肌は、そこかしこに汗を浮かべている。
「ん……!」
「いかがですかな、陛下」
 ラウルフィカを縛り上げ拘束しているのは、彼の上にいる男。
 ベラルーダの宰相、ラウルフィカが十三歳の幼君として即位した暁には摂政を名乗っていたゾルタである。今年三十五歳になるこの男は、歴代の宰相を務める由緒正しい貴族の子息であった。
 昨今の風潮では余程の事情がない場合一人の王に一人の宰相が終生仕えるのが慣例となっている。ゾルタはラウルフィカよりも年上だが、生まれたその時からラウルフィカのための宰相となることが決まっていた。
 しかし十七歳も下の少年に仕えねばならないという決まりきった未来に、野心家の宰相家後継ぎは反発した。そして彼はラウルフィカがあまりにも早く玉座に就くこととなった五年前、その叛意を明らかにしてラウルフィカを裏切った。
「んっ!」
 猿轡を噛まされてくぐもった声しかあげられないラウルフィカの声が一際強く跳ねる。
 うつ伏せで腰だけをあげた彼の中には今、そそり立ったゾルタのものが挿入されている。じゅぷじゅぷと卑猥な水音をさせながら温く行き来していたそれが一点を突いた瞬間、声と同時にラウルフィカの白い背ものけぞった。
「そう、ここ、というわけですか」
 ゾルタは嘲けるように笑う。半身を捩じってこちらを見るラウルフィカの青い眼に涙が盛り上がっているのを見て、彼の中のものをますます硬くした。
「んー! ん、んー!」
 猿轡を噛ませ、手を縛り上げ、この状況はどう見てもゾルタがラウルフィカを強姦しているようにしか見えない。しかしゾルタに言わせれば、これは合意の上の行為である。
 五年前ゾルタは四人の男たちと共に、ラウルフィカを裏切った。まだ十三歳だった穢れのない少年を犯して弱みを握り、本来の上下関係を逆転させた。
 いくらラウルフィカが聡明な少年とはいえ、十三歳の少年が王になってすぐに国を動かすことは不可能である。ゾルタたち五人の有力者はラウルフィカに力を貸すことと引き換えに、ラウルフィカの身体を求めた。男色は貴族階級ではありふれた遊びの一つとはいえ、主君である王を犯すことなどそうはできない。
 ゾルタにとって、生まれる前から自分の主になると定められていた少年を組み敷き服従させるのは何よりの快楽だった。
 ラウルフィカの縛られた手首の片方には、金の精緻な細工の腕環が嵌まっている。その内側には、ラウルフィカがゾルタのものであるという屈辱的な一文が刻まれていた。それがゾルタによるラウルフィカ支配の証だ。鑑札をつけられる家畜のような扱い。
「ん……ん、む、ぅう。う」
 五人の男たちによって代わる代わる抱かれて開発された後ろも、今ではゾルタのものを受け入れるのにちょうどよく馴染んでいる。
最も感じる場所を突いてやるたびに、十八になってもまだ細い腰が、華奢な肩が震えた。
「んぐぅ!」
 乱暴に腰を突き入れれば、猿轡に阻まれてひしゃげた苦鳴が零れる。白い喉をのけ反らせ、自らを犯す男に与えられた快感を拒絶するラウルフィカの仕草にゾルタは一層魅入られた。
「わかっておいでですかな、陛下」
「んん! んん――!」
 ガツガツと腰を突き入れ肉を打ちつけながら、ゾルタは恍惚として語る。
「あなたの嫌がるその様こそが、私を誘っているのだと。いつまで経っても慣れてしまわないその清純さが、征服したくてたまらなくさせる……!」
「んん――!」
 ゾルタはラウルフィカの中に欲望を思う存分ぶちまけて、更に耳元に口を寄せて囁く。
「あなたは私のものだ。これからも、永遠に」

 ◆◆◆◆◆

 王国の宰相として完璧に身なりを整えゾルタが部屋を出て行った。ラウルフィカの口元にされていた猿轡と腕の拘束も勿論解いている。
「もう出てきていいぞ、ザッハール」
 気だるげな顔つきで髪をかきあげ、ラウルフィカは部屋の奥へと声をかけた。寝台を隠す薄布の天蓋の向こうに、人影が現れる。
「まったく……」
 杖を持って腕を組んだ不機嫌面の魔術師青年が薄布をかきわけて顔を出した。
「惚れた相手が別の男と寝ている声を聞かせられる俺の身にもなってくださいよ」
「惚れた相手と言うならば、別の男と寝ている時点でなんとかしろ」
 杖を床に下ろし、さっさと勝手に寝台の端に腰かけた銀髪の青年にラウルフィカは意地の悪い笑みを向ける。 
 彼の名はザッハール。王国の宮廷魔術師長だ。元はと言えばゾルタと共謀してラウルフィカを凌辱し脅迫した五人のうちの一人だったが、その後更にラウルフィカの懐刀として寝返った。
 一度裏切った相手を説得した、ザッハールの口説き文句は単刀直入なものだった。
「俺は、あなたが好きなんですよ。陛下」
「ああ、はいはい。わかっているさ。お前がどれだけ私のことを好きなのかはな。だからゾルタの奴が出て行くのを律儀に待っていたわけだろう?」
 毒のある妖艶さで微笑んだラウルフィカは、寝台の上でザッハールに見せつけるべく足を開く。ゾルタに抱かれた後まだ処理もしていない後ろの穴からは、とろりと白い液体が零れ出していた。
 しかも伸ばされた細い指が、それを殊更広げて見せるのだ。
 その構図は、あまりにも卑猥。
「ちょ、その体勢は!」
「ふふふ。お前もさっさと服を脱げ。今ならちょうど慣らす必要もない」
 起きあがりザッハールの首に腕を絡めて抱きつき、ラウルフィカはザッハールの耳元で囁く。若い欲求に勝てなかったザッハールは素直に長衣の前を寛げた。
「どうやら勃たせてやる必要はなさそうだな」
 先程から目にしているラウルフィカの媚態に、ザッハールの分身は正直に反応を示していた。すでに硬くなっているものをそっと片手で包むと、ラウルフィカはもう片手でザッハールの肩を押すようにして、彼の上にゆっくりと腰を下ろす。
「ん……ふ」
 あえかな声に、されるがままラウルフィカの行動を見ていたザッハールはああ、と嘆く真似をしてみせた。
「昔はあんなに可愛らしい子だったのに、いつの間にこんな高級娼婦も真っ青ないやらしい方になってしまわれたのか」
「白々しいぞ、ザッハール。いつの間にも何も、私をこうしたのはお前だろう」
 ほぅ、と熱い息を吐きながら、ラウルフィカは向かい合ったザッハールの唇に自らの唇を重ね合わせる。
「ん……っ」
 しばらく声も忘れてお互いに動いて、欲望を弾けさせる。
「は……来た甲斐がありましたよ」
 風除けに上着一枚だけを羽織ったザッハールが、ラウルフィカを恋人のように抱き寄せながら言った。
「ぬかせ。こんなことをせずとも、私の顔を見たいがためだけに毎日毎日部屋までやってくるくせに」
「そりゃあ、まあね」
 体つきはまぎれもなく男だがぱっと見の細さで見る者に少女か少年かと惑わせるラウルフィカは、細身には細身だが自分よりも多少背が高く筋肉もついたザッハールの身体に身をもたれさせる。甘えるようにしなだれかかりながら尋ねた。
「例の件は上手くいきそうか?」
「ええ、もちろん。俺に不可能はありませんよ」
「ふん、大層な自信だ」
「そりゃあ愛するラウルフィカ様のためなら、不可能だって可能にしてみせますから」
 言葉だけを聞けば事後の甘いやり取りと無理矢理言えなくもないが、その内容を知る者が耳にすれば間違いなく青ざめるようなやり取りを二人は交わす。
 ベラルーダの少年王ラウルフィカ、宮廷魔術師長ザッハール。
 二人の関係は、強いて言うならば共犯者だ。
 五年前の「あの日」から、ザッハールは仲間たちを裏切り、ラウルフィカの手足となって働いている。
「ああ、そうそう。先程のいやらしいという話だが」
「いきなり何です?」
「ゾルタが今日言っていたんだ。私は“清純”らしいぞ」
「……はーん」
 自分の前にラウルフィカを抱いていた男の話をされて、ザッハールがなんとも言えない微妙な顔になった。ラウルフィカはくすくすと笑いながら続ける。その皮肉げな笑みはここにいるザッハールではなく、すでにこの部屋を去ったゾルタに対して向けられたものだ。
「宰相殿は、よほど“穢れない無垢な王子様”がお好きらしい。本当の私は、こんなに淫乱なのにな」
「あの人らしい趣味ですね。ま、処女好きってのは男の一種の病気ですから」
「本当にな。馬鹿な男だ。五年もお前たち五人に抱かれ続けて、いつまでも清純でなどいられるわけないだろうに」
 三日に一度と空けずに男のモノを咥えているのだ。身体の酷使に対してはザッハールが癒しの魔術で調整をかけているが、精神が変容しないはずはない。
 本当に穢れの一つも知らない清純なままの少年だったならば、ラウルフィカはとっくに手首を切っているだろう。
 そう、五年前のあの日、ザッハールに止められたあの時のように。
「穢れのない王子様は死んでしまったんだよ。五年前のあの時に」
「……陛下」
「今ここにいるのは、復讐にとりつかれた鬼だ」
 紅い唇の両端を吊り上げ、ラウルフィカは暗く笑う。
「ザッハール、あの時お前が私に教えた。こうして乱れ狂うことを。高潔など悪魔に引き渡して、堕落した獣になり果ててしまえばいい。そうすればこの程度のことなど気にならなくなる」
 所詮はただの肉欲。ただの性欲処理の方法の一環。
 ラウルフィカは腕を伸ばし、ザッハールの首に抱きつく。ザッハールはラウルフィカの腰に腕を回して抱きしめた。
 まるで恋人同士の甘い抱擁のような構図だが、二人の間で交わされる言葉はあまりにも禍々しく毒を含んでいる。
「ああ、そうだ。話ついでに教えてやろう。ナブラの最近の趣味は女装だぞ」
「女装?」
 怪訝な顔をしたザッハールに、ラウルフィカはにやにやしながら自分を抱く他の男たちの弱みを笑い話として口にする。
「奴は爵位と評判に騙されて娶った奥方の性格が思うような大人しいものではなくて随分落胆しているようだ。私に女物の衣装を着せてせめてもの慰めとしているんだ」
「うっわ……」
 ザッハールが頬を引きつらせた。彼はラウルフィカの女装というところにはなんとも思わない。むしろ中性的な美貌の持ち主であるラウルフィカならば似合うだろうと思う。単純に着せてみたいという気持ちならばむしろわからないでもない。
 問題なのはそういう方法で夫婦間の抑圧を解放しようというナブラの行動にだ。彼は男として非常に情けない行動をとっていることに気づいているのだろうか。ラウルフィカよりはもちろん、ザッハールにとっても年上の色男で知られる貴族に対して不安が増す。
「奴らは忘れているようだな。本来私の方が立場が上だということを」
「ですねぇ」
 凌辱され脅迫されたラウルフィカが彼らに従順で何でも言うことを聞くのをいいことに、ナブラはこれでは自らの弱みをさらけ出したのも同然だ。
「最初はあいつの妻を寝取ってでもやれば復讐になるかと思ったが、このままの方が面白いからその案はなしだな。せいぜい不仲の妻と一生添い遂げるがいいさ」
「地味な嫌がらせですけど……ま、あの人にはそれで十分ってことなんでしょうね」
 やれやれとザッハールも溜息をつく。貴族の政略結婚が上手くいくはずもないということは聞くが、夫が策謀の果てに手に入れた国王にわざわざ妻の代わりに従順な大人しい女性を演じてもらうなど情けなさの極みだ。こんな貴族が国の中枢を担っていて大丈夫なのだろうか。
「この五年で奴らの手の内は大分読めたな」
 ゾルタにナブラ、ミレアスにパルシャ、ザッハール以外にラウルフィカをはめた四人の男たち。
「ゾルタが求めているもの、私に演じさせているのは清純で無垢な“穢れのない王子様”だ。あの男を凌ぐような、せいぜい腹黒い戦略を練るとしよう。自分に才能があると酔っているナブラが望むのは、“都合のいい相手”だな。ゾルタが望むような偶像ですらない、あの男が欲しいのはただのお人形だ」
 一人一人名前をあげ、ラウルフィカは彼らの自分に対する態度からその傾向を分析していく。
「ミレアスはお前たちが最初から言っている通り加虐趣味だ。この男は陥れるのは簡単そうだが、それまでが面倒な相手だな。泣き叫んで大仰に苦しがって見れば煩いと言うし、かといって反抗してみせれば生意気だと言うし、結局殴れればそれでいい男というのは面倒なものだな。いちいち痛い。それに引き換えパルシャは楽だ。奴は善人では決してないが、子どもだった私を痛めつけて喜ぶようなサドでもない。むしろ奴の変態的な道具の数々に感じきっている振りをすれば喜ぶのだから単純だ。世の女にとってあれほど騙しやすい相手もいないだろうな」
 辛辣な言葉で相手を評しながら、ラウルフィカは四人の男たちの弱点を露わにする。
「俺はどうなんです? 陛下」
「お前は一番難しいよ、ザッハール。いつも飄々としていて、ゾルタとは違い権力など本当にどうでもいいという顔をしている。何を考えているのかさっぱりわからない」
 間近にある深い色の瞳を見上げながら、ラウルフィカは言った。
「もしも敵にまわっていたら、お前が一番読みづらかっただろうな。何を望んでいるかがわかりにくくて」
「俺ってそんなにわかりにくいですかね? でも今ならわかるでしょう、俺が何が欲しいのか」
 ――あなたが欲しい。
 五年前、よりにもよってこの男は、自殺しようとしていたラウルフィカにそう言って引きとめた。
「ああ……そうだな……」
 ザッハールの胸に手をおき、ラウルフィカはほんの少し上体を伸ばす。ゆっくりと目を瞑りながら、幾度目かの口付けを交わした。
 この男も憎い相手の一人には変わりないが、五年前彼が引きとめたからこそ今の自分があるのは真実だ。
 ゾルタが望むように純粋なラウルフィカ王子はあそこで死んで、今は復讐を望む「ラウルフィカ王」が残された。
 五年前は無力なただの子どもだった。だが今は違う。
「そろそろいいと思わないか、ザッハール。もう奴らを追放してしまっても」
 ゾルタたちを斬り捨てても国を維持できるだけの能力を、今のラウルフィカならば持っている。
「あなたのお心のままに、陛下」
 ザッハールの頷きを受けて、ラウルフィカはにっこりと微笑んだ。
 そう、もういいのではないか。
 全てを壊してしまっても。
「反撃の手駒は揃ってきている。あとはきっかけさえあれば……」
 盤上の趨勢がひっくり返るその時を夢見て、ラウルフィカは恍惚の笑みを浮かべた。


8.親子

 ベラルーダを支える屋台骨の一人、国内の商いの手綱を握る商人のパルシャは五年かけて王宮に出入りすることを不自然でなくしていた。
 宰相のゾルタや軍人のミレアスと違い、いくら国の有力者の一人とはいえ一介の商人風情が王宮に部屋を与えられるなど不遜である。そういった声を彼はこの五年で鎮め、自らが王の私室に出入りしてもおかしくない状況というものを作り上げた。
 ラウルフィカ王の予定に合わせ、商人の目線から経済を教える時間というものを持たせたのである。対外的にはそれで通しているが、もちろんその時間を使って行われているのは紙とペンによる勉強などではない。
「陛下、お待たせいたしました」
 部屋へと通されたパルシャは気だるげに窓の外を眺めていたラウルフィカへと声をかける。
 まだ日は高く、部屋の外の人の行き来もある。それだというのにラウルフィカは窓を閉めて布を引き、護衛の兵士は扉の外に立たせて誰も部屋に来ないように指示した。
「今日は面白いものを持ってきたんですよぉ」
 ぐふぐふ、と相変わらず潰れたヒキガエルのような醜い顔でパルシャは笑い声を立てる。彼はラウルフィカと初めて顔を合わせた五年前から少しも痩せていないわけだが、この醜さはただ単に人間の限界を越えて太っているからというだけではない。いやらしい内面が表情にまで現れている。
 内心怖気だつのを堪えて、ラウルフィカはパルシャの前に立った。召使に運ばせるわけにもいかず、パルシャ自ら持参した箱の中には怪しげな道具がこれでもかと詰め込まれている。
 その中の一つ、不自然に白いものがラウルフィカの目に留まった。
「――骨?」
「ええ。そうです」
 こともなげにパルシャは肯定するが、ラウルフィカとしては嫌な汗をかくばかりだ。
 それは獣か何かの骨であろう、白く細長い塊。細いといっても両端は丸く膨れていて、それなりの大きさがある。まさしく子どもが絵に描くような、海賊旗なら髑髏のちょうど後ろに描かれる大腿骨のような形の骨だ。
 それをどう使うつもりなのか。
 ラウルフィカはその骨が具体的にどんな生き物の骨なのか頭の中の知識に照らし合わせて当てようとするが、上手くいかない。それよりも嫌な予感の方が強くて邪魔をするのだ。
「さぁ、今日は陛下にはこちらを着ていただきましょうか」
 顔を引きつらせている間に、パルシャの手がラウルフィカの帯を剥ぎ、持ってきた衣装を押し付ける。
 与えられたのは衣装とは名ばかりの、局部を露出した卑猥な型。銀砂漠の民にしても特に色白なラウルフィカの肌を、黒い革が淫らに引きたてる。そのまま臀部を晒すように四つん這いの姿勢を強要された。
「うう……」
 前戯に時間をかけるのはまだるっこしいとばかりに、パルシャがいきなりぐいと指を突っ込んできた。
「や、やめ……まずは、慣らして、から……」
 首だけ振りむいて懇願するラウルフィカに対し、パルシャは醜悪な笑みで応える。
「だからこうして慣らしてさしあげているではないですか」
「あう!」
 さらにグイッと指を押し込まれ、ラウルフィカは苦鳴をあげた。まずは指一本などとパルシャは言うが、ぶくぶくに肥えたこの男の指は普通の人間のものより太い。ほっそりとしたラウルフィカ自身の指先と比べれば、ゆうに二本分はあるだろう。
「ん……、んっ、んっ」
 芋虫のように丸い指が、中を乱暴にほぐしていく。ラウルフィカは腕で身体を支えられていなくなり、尻だけを高く上げる格好となった。
 潤滑油も何もなしに指を入れられた場所は、この五年で嫌というほど慣れさせられただけあって幸いたいした痛みはない。それでも異物感と圧迫感は消せず、腹の奥に鈍痛を与える。
「んっ、んん、ぅ……」
 指が滑らかに行き来するようになった頃、ぐったりしたラウルフィカの身体を抱えてパルシャが言った。
「そろそろ頃合いですなぁ」
 その手が掴みだしたのは、先程ラウルフィカが顔を引きつらせたあの骨だ。
「な、何を……それは、何の骨だ?」
「さぁ、何の骨でしょうなぁ?」
 僅かに黄ばんだ骨をべろりと舐めながら笑うパルシャの姿はすでに妖怪じみている。
「何の骨でも構わないでしょう。これは所詮道具。ああ、強度については御心配なさらずに。きちんと加工されていますから」
 肉厚の掌がラウルフィカの尻を掴んで、小さな穴を開かせようとする。
「やめろ! そんなものを入れるな!」
「またまたぁ。そんなことを仰ったところで、ここはもうたまらないって、ヒクヒクしてますよぉ」
「あっ、くぅ――」
 白い塊を容赦なく押し入れられ、ラウルフィカは息を殺した。ごろりとした感覚に、背筋が総毛立つ。
「あ、ああっ、駄目だっ、こんなの……」
「身体はそうは言っていないようですよぉ」
 下卑た笑みを絶やさずに、パルシャが突き入れたものを捻る。
「ひっ!」
 命のない物体は無機質な感覚をラウルフィカに伝えてくる。肉の器を亡くした骨は、それこそ鉄や木の道具のように無慈悲な強度でラウルフィカを攻める。
「あ、あ、あん、ああ、んっ」
 目の淵に涙を浮かべて悶えるラウルフィカの痴態を楽しむように、パルシャはごりごりと正体不明の骨で容赦なくラウルフィカの内壁を擦る。
 生身の男のモノと違って、道具は受け入れた内壁の狭さによってほんの少しも形を変えたりはしない。それどころか硬い硬い道具はその形でもって内壁を押し広げるのだ。ある意味では、男のものを受け入れさせられるよりもよほど犯されていると感じる。
 今挿入されているものは以前使われたような鉄の張型ではないが、おぞましさはその比ではなかった。
「は、ぁ、……ああ……」
 拭えぬ背徳感すら快楽に変換し、ひっきりなしに熱い吐息を零すラウルフィカの尻を乱暴に掴みながら、パルシャが夢心地に呟く。
 壮年の男は美しい少年王を無慈悲な道具で犯しながら、その媚態を眺めるだけですでに下着を先走りで汚していた。
「わしは商人ですからなぁ。商品の仕上がりはきちんと確認せんと」
 抗えぬラウルフィカの、汗をかいた背を見下ろしながらパルシャは舌舐めずりする。
「人は道具に頼って生きるものですよ。そう、寝所の中まで。人が道具に頼れば頼るほど、わしの儲けが増えるのです……」
 これまで以上に強い力でパルシャはラウルフィカの中に得体の知れない「道具」を押し込んだ。
「ぁ、ああああ!」
 腹の奥に巣食う怖気ごと吐きだしてしまおうかというほどに叫んで、ラウルフィカは達した。

 ◆◆◆◆◆

「おーっす。朝ですよォ、陛下。それに商人殿」
 昨夜は結局この部屋に泊まり込んだパルシャを叩き起こす目的で、ザッハールがやってきた。
「陛下、ご無事ですか? 昨日もまたエロ商人にさんざん苛められたんじゃないでしょうね」
「失敬じゃな。ザッハール」
 銀髪の魔術師は商人の巨体を寝台から蹴り落とし、黒髪の少年王に関しては優しく揺り起こした。
「ん……」
「お目覚めですか? 陛下。僭越ながらこのわたくしが身支度を手伝わせていただきましょう」
 まだ昨夜の処理もしていないラウルフィカの身体を敷布に包んで抱き上げると、ザッハールは寝室に備え付けの浴室へと向かう。広さで言えば王族が本来使うべき浴場の四分の一にも満たない狭さだが、魔術の技がそこかしこに活かされていつでも湯が使えるようになっている。
「エロジジイのお相手“御苦労さま”です」
「ふん……いつものことだ。あのヒキガエルめ、真っ先に潰してやる」
 王族らしからぬ生活をこの五年送ってきたラウルフィカは、侍女たちの手を借りずとも一人で風呂に入ることができた。
 ザッハールに着替えの用意をさせながら、目隠し布越しに話し合う。
「何かいいネタでも仕入れてきたか? ザッハール」
「残念ながら、そう簡単には。ですが陛下のお考えになった計画自体はうまくいきそうですよ」
「そうか」
 しっかりと身体の汚れを落としてから浴室を出ると、部屋の中でパルシャと侍女の一人が何か言い合っていた。
「どうした?」
「陛下。それが、ヴェティエル様にお客様で……」
 ヴェティエルとはパルシャのことだ。ヴェティエル商会のパルシャ・ヴェティエル。
「客? わざわざ王宮まで来てパルシャなんぞに会おうって奴がいるのかい?」
 ザッハールが疑問を口にした。いくらパルシャが王室御用達の商人であることを知っていても、わざわざ王宮で彼と顔を合わせようと思う人間は少ないはず。王宮とは文字通り王族が住まう城のことなのだ。用もないのに軽々しく出入りする場所ではない。パルシャに会うことが目的ならば、城下の彼の屋敷に向かえばいいだけの話だろう。
「は、はい。それが……ヴェティエル様に忘れ物を届けに来たと仰る、お若い方で。レネシャ・ヴェティエル様と名乗られましたが」
「な、何っ! レネシャがここに?!」
 パルシャは驚いたようだったが、ラウルフィカたちはそのパルシャの慌てようにこそ驚いた。侍女がレネシャという名を出した途端、彼の顔色が変わったのだ。
(レネシャ……どこかで聞いたことがあるような)
 黙考するラウルフィカの横顔に、侍女が声をかけてくる。
「こちらへお通ししてもよろしいでしょうか。それとも」
「客間で。その方がいいだろう、パルシャ」
「あ、ああはい。いえあの」
 侍女はすでに相手には客間で待つように伝えているという。つまりこれから彼らがそちらへ向かえばいいのだ。
「ヴェティエルということは身内だろう。追い返すのか?」
 性が同じで語感が似た名前。ここまではっきりしていてまさか赤の他人ということもあるまい。そう言ってラウルフィカは何か慌てている様子のパルシャを置き去りに、自分からさっさと部屋を出て行く。
「へへへ陛下! レネシャはわしに会いに来たと!」
「別に私が自分の国民に会いに行ってもかまわないだろう。なぁ、ザッハール?」
「そーれすねー」
「ザッハール! 貴様こそ何も関係ないじゃろう!」
 ここが彼ら三人きりの空間ならばまだパルシャも強気に出られたかもしれないが、今はこの報せを持ってきた侍女の目が邪魔だった。ゾルタたち五人は裏ではいいようにラウルフィカを操っているが、一国の王が四六時中おどおどしていては困るということで、人目があるところでは若くて自信に充ち溢れた王の態度をとるように指示されている。
 他でもない彼ら自身がラウルフィカに常日頃よりそう求めているのだから、ここでそれを覆してみせるわけにもいかない。
「あ、あの、あの……!」
 いつも不敵で傲岸な狸おやじの顔を崩さないパルシャの滅多にないうろたえぶりにラウルフィカとザッハールは内心笑いながらも、客間の扉を開けた。
 二人は尋ねて来た人間の「レネシャ・ヴェティエル」という名からその人物がパルシャの身内であると信じていた。
 その扉を開けるまでは。
「あ……」
 小さく一声上げて立ち上がったのは、この短い距離を息を切らしながら必死で走ってきた肉だるまとは似ても似つかぬ美少年だった。
 ラウルフィカたちは目の前の少年をじっと観察した。
 春の日差しを思わせる柔らかな色味の金髪に、澄んだ水色の瞳。肌は白く、体つきはほっそりとして華奢で、しかし頬は健康的な薔薇色に染まっている。年の頃は十三か、四か。知性の輝きを瞳に宿した、古代の神に愛された寵童もかくやという容姿の美少年。
「もしかして、国王陛下……!」
 可憐な少年は口元に手をあてると、慌ててその場に跪いた。ラウルフィカの顔を知っていたらしく、頭を床に擦りつけて平伏する。
「し、失礼いたしました! わたくしはヴェティエル商会パルシャが第一子、レネシャ・ヴェティエルと申します! 本日は父に書類を届けに参じました!」
「おっさんの娘?」
「いや、息子だ。わしの息子のレネシャだ」
 下手すると男にすら見えない可憐さを前に、ザッハールが呆然と尋ねる。パルシャがしぶしぶと答える。
 ラウルフィカとザッハールは、背後のパルシャを振り返った。
「養子か?」
「おっさん、ついに人身売買にまで手を」
「正真正銘この子はわしの子じゃ!」
 目の前の美少年とこの潰れヒキガエルを血縁と見るのはどうしても無理があった。
「レネシャと言ったか、顔を上げよ」
「は、はい」
「近う寄れ」
 ラウルフィカに招かれて、レネシャは円卓のこちら側へと回ってきた。目の前に来てもますますその輝かんばかりの美貌と細さが明らかになるばかりで、どう見てもパルシャの息子とは思えない。
「本当にパルシャの息子なのか? 似ていないぞ?」
「はい、よく言われます」
「お嬢ちゃん、このおっさんに脅されてるとかだったら正直に言ったほうがいいよ。ここには国王様もいるからね」
「本当に親子です」
 ザッハールは胡乱な眼でパルシャを見た。
「なんじゃ! なんか文句があるのか!」
「えー、別にぃー」
「まぁ……目と髪の色は……似ているな……」
 ラウルフィカはパルシャとレネシャを見比べ、無理矢理そう結論付けて自分を納得させた。逆にいえばこの二人は、そこしか似たところがないわけだが。
 当のレネシャ少年は、父に書類を渡すのも忘れて、きらきらした瞳でラウルフィカを見つめている。
「憧れの国王陛下に拝謁できるなんて、感激です」
「憧れ?」
「はい! 御不幸にも負けず、若くして玉座につき、このベラルーダを支えてきた賢王ラウルフィカ陛下。目上の者の意見をよく聞き、目下の者の意見も吸い上げ国の舵を取り発展に努めて来た希代の名君だと評判です」
 レネシャの言葉に、ラウルフィカはそっと目を伏せた。
 今この国を支えている力のほとんどは、ラウルフィカのものではない。それはゾルタやナブラの手腕が物を言ったのであり、ラウルフィカはただ彼らのやることを見つめ、腕をとられるままその動きに許可の印を押しただけだ。
 今でこそゾルタやナブラたちのやることの意味がわかってきたが、即位当時は本当に何もわからぬ子どもだった。学問と現実の狭間で惑い、操られるまま裁可の印を押し続けた結果が今のこの国の繁栄だ。
 彼ら五人に復讐しようという気持ちは衰えていないが、成し遂げたその瞬間に国の舵取りを誤り転覆させてしまうのではないかという恐れもある。
 そんな自分に対し、憧れなどと……。
 今のレネシャはラウルフィカが玉座に着いた頃と同じくらいの年齢だろう。その歳の子どもからすれば同じくらいに王となったラウルフィカの存在は確かに憧れとなるのかもしれないが、ラウルフィカはその賛辞を素直に受け取ることはできなかった。
 腹の底に湧いたどすぐろい感情を、この五年で慣れ親しんだ笑顔の仮面で覆い隠す。そしてかけられる言葉を待ち望んでいるレネシャに、いかにも機嫌良さそうに向き合った。
「王宮は初めてか?」
「はい。今日は父上が国王陛下とお話合いをなさるための書類を忘れているのを見つけ、届けに来ました」
 もちろんパルシャにとってそんな書類は不要のものだ。しかしラウルフィカは助かったというように表情を作ってみせる。
「大義であったな。ではその礼に、あとで私が直々に王宮を案内してやろう」
「ええっ! 本当ですか?! で、でもそんな、恐れ多い……」
「何、パルシャの息子ともなれば将来私と取引する商会の主となるのは必定、今のうちから親しくしておくのに越したことはない。なぁ、パルシャ」
 思わぬ展開に青くなっているパルシャに余裕の笑みを浮かべてみせ、ラウルフィカは強引にレネシャを王宮に引きとめる。
「へ、陛下! 息子は不調法なものですから、もっと作法を覚えてから!」
「構いはしないだろう。先程の挨拶も淀みないものだった。お前の息子なら機転も利くであろうし」
 パルシャを持ちあげる風でいてその実親子を引き離しにかかったラウルフィカは、控えの侍女に命じてレネシャを客間で昼まで待たせておくようにした。
「そういやおっさん、今日は宰相殿に大事な大事な取引の話があるんじゃなかったっけ?」
 良い具合にザッハールがパルシャを追い詰める。もともとパルシャはその話のために昨日、この王宮に泊まったのだ。ラウルフィカもそれは計算済みだ。
「う、うううう」
「早く行かないとゾルタが煩いだろうな」
 ラウルフィカに昼まで息子に何もしないと誓わせてから、パルシャは何度も渋りながらゾルタの待つ部屋へと向かった。
「何もしないさ。昼間は……ね」
 パルシャを追い詰めるのに、あの愛らしい息子を使わない手はない。傍目から見てもわかるほどに、あの男は息子を溺愛している。
 ラウルフィカが仕掛けるのは昼からだ。昼を過ぎたら、あの息子本人に、ここから帰りたくないと言わせればそれでいい。
「ザッハール、今から私がいう物を用意しろ」
「はぁい、陛下」
 大商人パルシャ、彼を突き崩す鍵はその息子の存在が握っている。


9.少年

「どうだ。情報は?」
 執務の時間を使い、ラウルフィカはザッハールにパルシャの息子、レネシャの情報を集めさせた。
「あのお嬢ちゃん、じゃなかった。少年が陛下に憧れてるっていうのは本当ですね。ちょっと城下まで行って聞きだしてきました」
 ザッハールは宮廷魔術師長を名乗るだけあって、一国に一人いるかいないかの最高ランクの魔術師だ。大技から器用な小技まで巧みに使い分ける。
 今回はどうやって情報を集めたのかというと、まず自分の意識を小鳥に乗り移らせて城下のパルシャの屋敷の付近まで飛ばしたのだという。しかしそれだけでは近所の住民がそう折よくレネシャやパルシャ親子の話をしているとは限らない。そこでもう一つ魔術を使い、レネシャのことを相手の意識に一瞬だけ送りこんだ。
 人間の脳は言葉で刺激を受けるとそれに反応して関連した情報を連想する。小鳥の格好で民家の窓際に降り立ったザッハールが念を送ることによって、皿洗いなどしていた主婦が「そういえば最近ヴェティエル商会の……」とレネシャのことを自然と喋りだしてくれるわけである。
 炎や竜巻を出すような術と比べ、これは視覚的には魔法というには大袈裟かもしれない。しかし使い方によっては、何にも勝る最強の武器となる。
 まずザッハールは一度王国を裏切ってゾルタたちの仲間につき、次にその彼らまで裏切ってラウルフィカの味方をしているのだから、これらのことを外部に漏らしてはいけない。そのためには自分の直属の部下にすらも事情を明かさず、全てを一人でやった方が確実である。
 ザッハールほどの魔術師ではない普通の人間がこれらの作業を行うとすればどうか。城にいながらにして短時間で今日初めて出会った少年の情報を知る場合――。
 恐らく自分は仕事をしながら、部下を何人も派遣して情報を集めさせることになるだろう。だがそれでは、パルシャに知られる可能性が高くなる。いくら人の移り変わりが大きい王都とはいえ、一人の少年のことを聞きまくる怪しい男たちなどがいたらすぐに目立つ。
 もちろん中には優秀な隠密もいるだろうが、その隠密が裏切らないという可能性もないではないし、人に言えないことをするのに部下を使うのは常に危険と隣り合わせである。部下に裏切られない主、または裏切ったらすぐそれに気づくだけの有能な主でなければすぐに足元から引きずりおろされる。
 それに、当の情報を聞きだす相手本人に不信感を持たれないことも重要だ。可能ならば、相手が情報を情報としてとられたのだと気づかないうちに知る方が望ましい。
 ザッハールの魔術は、それらの点を完璧にこなすことができる。
 まず彼は高位の魔術師なので、部下を動かさずに単独で城にいながら外で情報を集められる。彼の裏切りもラウルフィカの真意もザッハールが喋らない限り明るみに出ることはないので、隠し事の共犯者としては最適だ。
 そしてザッハールのとった方法では、情報を喋らされた相手も自分が何か話したという自覚がない。そのため不審に思われることがないというのが強みだ。
 人間が人間相手に話を聞きだせば良くも悪くもそれは印象として残る。聞きだした相手が身近な人間のことであればなおさらだ。
 しかし今回ザッハールは鳥の姿で相手が一方的に喋った独り言や隣の人間とした会話を聞いただけである。聞きだされた相手の方はまさか小鳥が王の寄越した間諜などと思ってもいないだろうから、情報をとられたという自覚を与えることがない。
 相手にあとから話したことを忘れさせる忘却の魔術もあるが、それは結構扱いが難しい。記憶の空白は、多少なりとも違和感を残し、そこから誰かに術に気づかれたり破かれたりする恐れがあるからだ。
 一方相手に一瞬だけレネシャの名を送りこむような術は後にも残らないし、相手も不審に思わないだろうから痕跡を見つけられることは少ない。
 パルシャの家で真面目に働いていたメイドや、商会の店で帳簿をつけていた男、パルシャの自宅の近辺で彼の家を眺めながら皿を洗っていた主婦は、あくまでも自然にレネシャのことを思い浮かべ、彼のことについて独り言を喋っただけなのだ。
「いつもながら、お前の魔術は凄いな」
「こんな地味な術で、そう言って下さるのは陛下だけですよ。たいていの奴はやれ炎を出せだの水を出せだの言ってきますからね」
 もちろんいくらザッハールが高位魔術師でも自分の体から離れた場所に意識を飛ばして魔術を使うのは困難である。今回はパルシャが城下の屋敷に住んでいたので彼の術の有効範囲だったから使えた手だという制限はあるが、それでもザッハールが有能であることに変わりはない。
「私だけではなく、どうせゾルタたちも知っているのだろう。あやつらは、それを知っているからお前を仲間に引き込んだのだろうし」
 戦争ででも威力を発揮する攻撃的な技は、平穏な世にあっては無用のものだ。しかも、単に威力が凄い攻撃というだけなら、いつか技術が進歩して道具がそれに代わるかもしれない。そうなれば火を出すしかできない魔術師など用なしだ。
 ザッハールのような宮廷魔術師長の強みはそこではない。もちろん有事の際は堂々と攻撃に力を奮ってもらうが、それ以上に普段の生活で何ができるかが重要だ。
「あんなおっさんたちに認められてもねぇ」
 眉を下げて情けなさそうな顔をするザッハールの頬を白い手で撫で、ふふ、とラウルフィカは笑う。
「ならば今回のことが上手くいけば、私が直々に“ご褒美”をやろうか? ザッハール」
「え? 本当ですか?」
「ああ」
 飼い主に褒められた犬のようにきらりと瞳を輝かせ、ザッハールが執務室の机に身を乗り出す。さりげなく書きかけの書類を逃がしたラウルフィカは、求められるままに口付けを返した。
「これ以上は、今日は駄目だ」
「酷い!」
「言っただろう? 今回のことが上手くいけば、と。私は今日はあの可愛らしい少年の相手をしてやらなければいけない」
「ああ、はいはい」
 今頃はラウルフィカが仕事を片付けて来る昼となるまで、城の者と話をしているはずのレネシャのことを思い浮かべてザッハールも乗り出した身を下げる。
「でもいいんですか? 陛下。最初に突き落とすのはミレアスだって言ってませんでしたか?」
「確かにな。あいつの加虐趣味に付き合うのはもううんざりだ。だがそちらはすでに良い駒に目星をつけてある。それよりもこれまで弱点といった弱点が見つからなかったパルシャの弱みが、自分からこの城に飛び込んで来てくれたんだ。これを活かさない手はない」
「どうしても彼を先に回したいんですね」
「パルシャはゾルタやナブラに比べて、おどけてはいるが本来かなりの切れ者だ。あの二人にも劣らないほどのな。でなくて国一番の商会を一代で成すことなどできるものか」
 肉だるま、ヒキガエルとさんざん悪し様に形容してきたパルシャのだぶついた顔をラウルフィカは脳裏に浮かべる。
「商人だからな、目的の品を相手に買わせるまでには強気にも弱気にもなれるし、誠実ぶることもできる。それにゾルタたちと違って貴族の矜持などないから、下手に出ることも厭わない。商売で大損させても自力で取り戻すだろうし、それをするにはこちらの危険度の方が高い……」
 だからこそ、商売や矜持に絡まない部分で上手く相手の抵抗力を削ぎ敗北を認めさせ屈服させるというのが至難の業なのだ。
 殺すのは簡単だが、それでは面白くない。どうせなら、死ぬよりも酷い苦しみを与えてやらなければ。
「妻を亡くしてからは特定の女の影もなく、あったとしても貴族のように正妻の顔を立てる必要もないからそこを突くことはできない。ではどうするかと考えていたが……そうか、息子が奴の弱点か」
 くく、とラウルフィカは笑う。
「あの可愛らしい、奴が目に入れても痛くないほどに可愛がっている息子が奴よりも私を選んだら、それは最高の復讐だろうな」
 レネシャの姿と自分に対する憧憬と敬意を確認した時から、ラウルフィカの頭の中では着々と計画が立てられていた。パルシャがこれまで彼を王宮に連れて来る様子がなかったのは、レネシャがラウルフィカに近付きたがっているのを知っていたからだろう。
「パルシャの方は?」
「話し合いにはまだ何時間もかかるみたいですね。というか、午後は俺も呼ばれてます。ちょっと大がかりな計画ですしね」
 彼らが何をやろうとして、その苦労をしているかはラウルフィカも知っている。だがもともとその役目をラウルフィカから取り上げたのも彼らだ。だから容赦はしない。
「では午後から数時間は余裕があるだろうな。その間にあの少年を手懐けてしまえばいい」
 ラウルフィカはパルシャも参加する会議ができるだけ長引くようザッハールに指示を出す。
「えー、そんなのつまんないですよ」
 普通、会議が好きだという人間はいない。会議が物凄く好きだという者は珍しい。
 だが、会議に心から真剣に参加している者となればどうだろう。
「お前のことだ。どうせ魔術で私の様子を覗き見するつもりなんだろう?」
「あ、え? ばれました?」
 ぺろりと舌を出すザッハールに嫣然と笑いかけ、ラウルフィカはそろそろ約束の時間になり、書類も書き終ったのを確認して部屋を出る。

 ◆◆◆◆◆

「いや、彼は凄い才能の持ち主ですな!」
 レネシャの待つ応接間に赴く前に、ラウルフィカは午前中彼と話をしていた経済の教師を呼び出した。
 いくら暇つぶしを与えたところで何時間も一人で待つのは退屈だろう。しかし普通の召使は用事があるし、案内もなしに王宮を歩きまわるのは迷う危険がある。午後からラウルフィカが直々に案内をするのだと言ってあるのだからその楽しみがなくなる。
 そういうわけで、他者が見れば半ば軟禁のような形で一人待ち続けたレネシャのもとにラウルフィカは自分の教師の一人を送り込んでいた。
「そんなに優秀なのか?」
「ええ。ああ、もちろん陛下も最高の教え子でありますし、その才能を否定するようなことはありませんが」
「もちろんわかっていますよ、先生。それに経済に対する私の考えはそれこそパルシャの影響も大きいのですから、その直接の息子である少年が優秀なのは当然でしょう。どうか、感じたままをそのまま話してください」
 ラウルフィカは王となってから、ゾルタたちに執務をほとんど預けながら王としての勉強と仕事のやり方を学び続けていた。皮肉なことにあの五人に直接関わったおかげでどの科目も急速に実力を伸ばした今ではほとんど授業を受けることはないが、それでも世話になった教師陣とはこうして交流を続けている。
 彼らの裏をかくためには、彼らの考えにはない部分を自分で構築する必要があるからだ。そのために優秀な教師たちは厚遇し、機嫌をとっている。今でも頼みごとがあればたびたび融通を利かせ、その代わりにこちらも用事があれば頼むといった具合だ。
「陛下はなにより人格的に公平なのでお話もしやすいですよ。大きな声では申し上げられませんが、私が担当した貴族の子弟の中には他の生徒を褒めると不機嫌になってしまう方も大勢……いやいやこれは余計な話でしたな」
 無駄口を一度閉じて、教師はレネシャに対する印象を話した。ザッハールが集めて来た情報と合わせて、これがレネシャの存在を今後どう活用するかの仕上げとなる。
「大商人パルシャ様のご子息だけあって、商売に関する熱意は並々ならぬ方です。しかしご本人は、家の紹介を継ぐのではなく王宮の財務庁に努めたいのだとか」
「王宮に? 役人になるということか?」
「はい。そうそう、彼はなんでも陛下が憧れの人だそうですよ。今の自分と同じ年齢で玉座につき、これまで国を支えて来たなんて凄い、と」
「ということは……彼は十三歳なんですね?」
「ええ。そうだとお聞きしましたが」
「なるほど……」
 そのくらいだとは思ったが、改めて聞くと感慨深い。十三歳。ラウルフィカがこの終わらない悪夢に足を踏み入れた頃。
 他にも教師はレネシャがどれだけ優秀かを説明した。王宮で王子の、引いては王の教育官を勤めただけあって、その話しぶりは見事の一言につきる。要点を纏めて話の根拠となる出来事を語り、わかりやすく結論を告げる。おかげでだいたいラウルフィカの中でレネシャに対する認識ができあがりつつあった。
 あとは本人と直接話して確かめればいいだろう。
「ありがとうございます、先生。それではまた今度、何かあったらお願いします」
 この後仕事があるという教師を見送り、ラウルフィカは応接間へと向かった。
「待たせたな、レネシャ」
 彼が入るなりぱっと顔を輝かせた少年相手に、いかにも優しそうに微笑みかけて見せた。


10.誘惑

(……しかしこの少年)
 ラウルフィカは思う。
(見れば見るほど、あの肉だるまの息子とは思えず可愛らしい顔立ちをしているな……)
 対面で食事をする相手に気取られないよう、ラウルフィカはこっそりと観察する。
 レネシャはそれこそ絵に描いたような美少年だった。ラウルフィカ自身も容姿を褒められることは多かったし、自分でも悪い見栄えだとは思わない。ゾルタたちの裏切りに合ってからは、自らの姿形がそう言う意味で同性をも惹きつけるものだと知った。しかし目の前の美少年は、ある意味ではそれ以上に「可愛らしい」男の子なのだ。
 ラウルフィカの容姿を凛と冴えたオアシスに例えれば、レネシャはその傍に咲く小さく可憐な花だ。色は白か薄紅か、恐らく淡い色合いのもの。まるきり女の子にしか見えないような顔立ちなのだ。
 白に近い淡い金髪はもちろんのこと、ラウルフィカのものと似た青系の瞳までもが優しい色合いだ。ラウルフィカの青い瞳は凍りつきそうに冷えて澄んだ水を思わせるが、レネシャの水色の瞳は春の空の色だ。
 これがあのパルシャの息子だとはやはり信じられない。ザッハールなど最後まで女の子じゃないかと疑っていたくらいだ。
 試しにもう一度尋ねてみたが、レネシャは今度はくすくすと笑いながら答えた。
「そんなに似ていませんか? 僕、本当に父さんの……あ、いえ、父上の子どもですよ?」
 恐らく周囲から言われ慣れているのだろう。その言葉には何かを隠そうと言う意図は感じられず、ラウルフィカやザッハールの驚きと疑念を楽しそうに受け止めているようだ。
 養子ではなく、ひとまず本物の親子だと思っていいだろう。つまりパルシャのあの親馬鹿な態度は本物で――だとしたら、付け入る隙は今しかない。
「食事はこの部屋に運ばせるのでいいか?」
「はい」
 昼食を共に、という約束をしていたのだ。
「晩餐用の部屋は別にあるが、あちらは広すぎて、向かい合って話すのには優れないんだ。せっかくだから、ここで一緒に食べよう」
 王族用の食堂では二十人掛けのテーブルについて、声が届くかどうかの遠くから言葉を交わすような形になる。それでは意味がない。
「良いのですか? 陛下にそんなに御心を砕いていただけるなど、感激です」
 ラウルフィカはレネシャと話しながらその反応を見たいのだ。そしてどうしたらこの少年に付け入ることができるか、それが可能かどうかを探りたい。
 レネシャがラウルフィカに靡くようなら誘惑してやるまで。怯えて逃げようとするなら、弱味を握って言うことを聞かせるまでだ。
 どちらにしても、その結果はこれからの行動にかかってくる。レネシャをただ奪うにしても、傷付けてぼろぼろになった姿をパルシャに突きつけて復讐とするにしても、どちらもあの親馬鹿には利くだろう。
 親に恨みがあるからと言って、本来まったく関係のない少年を巻き込むことに対する罪悪感は、ない。そんな良心は凌辱に耐えかねて死を選ぼうとした五年前のあの日に消えた。
 男に、愛してもいない同性に抱かれることを「穢れる」と考えるような純粋さはもはやラウルフィカにはないのだ。あの頃の自分と変わらない歳の少年を弄ぶことに罪の意識を抱くような繊細さは捨てた。
 今ここにいるのは、憎しみの化身。復讐のためならばなんだってできる悪魔のような男。
 そう……復讐として見れば、これほど愉快なことはない。あの頃の自分と同じ歳のレネシャを穢すことは、パルシャに自分が何をしたのかを最も効果的に思い知らせる手段ではないか。
 獲物を狙う獣のような本心をいかにも優しげな笑顔で包み隠し、ラウルフィカはレネシャと同じ席についた。
 教師が言った通り、レネシャは非常に優秀な少年だった。頭の回転が速く、打てば響くように答が返って来る。生真面目だが冗談を解する柔軟性も持ち合わせていて、話していて非常に心地よい。
「それで彼はその時……」
「それってまさか」
「わかるか? きっとお前の思う通りだ。そう、奴はよりにもよって、最後の選択肢を選んだんだよ。会場は笑いの渦に包まれた。あれはあれでいい余興となった」
「わぁ……本当ですか?」
 傍目からは少年同士で仲良く話をしているようにしか見えなかっただろう。給仕の人間が見て不自然な点などはなかったはずだ。
 しかしその短い時間で、ラウルフィカは、レネシャの力量を計り、性格を推測した。
 そしてこのレネシャが、今の時点でもすでに父に匹敵しそうなほど卓越した能力の持ち主だと知った。
 冗談に紛れ込ませて幾つか出した話題の中には、現在国の重鎮たちが頭を痛めている問題が幾つかあった。それをレネシャはどれも商人ならではの目線と自由な発想から優れた解決方法を導きだしてみたのだ。
 若さゆえに思慮の足りない点や、世間を知らず見落としている事柄などもあったが、その辺りは経験豊富で慎重な文官を補佐として回せば補うことができる程度だろう。
 そう、レネシャは一種の天才だ。条件が揃えば今すぐ役人にしてもいいほどの。
 王として考えればここで潰すのはもったいない人材だと思う。レネシャは父のような商売人よりも役人になりたいのだという。そのこともラウルフィカは聞き出した。金を集める手腕については父親譲りの有能さだが、その使い道については、浪費家で道楽好きの父とは別に思うところがあるらしい。
 そして彼は現在、若くして王になったラウルフィカに尊敬と憧れの眼差しを注いでいる。
 これを使わない手はない。
 ラウルフィカは自分の手元に引き寄せた調味料の壜にこっそりとある薬品を混ぜた。それを自分の料理に降りかけた後に、レネシャにも勧める。
 自らの分には、あとで中和剤を足しておく。薬品はラウルフィカの目論見通り、レネシャの口に入った。
 あとは、時間が経てば必ずこの計画は成功するだろう。

 ◆◆◆◆◆

 華やかな城のホール、二十人掛けのテーブルが置かれた食堂、荘厳な大聖堂と異国の硝子細工が嵌められた窓、今はラウルフィカが必要としていないため使われていない後宮へと続く廊下と、魔術と絡繰技術の結晶たる浄水施設、兵士たちが訓練中の練兵場、見事な毛並みの馬たちを治めた厩舎、花々が咲き乱れる中庭。
 城のあちこちを、ラウルフィカはレネシャに案内して回った。見せていないのは会議室くらいのものだ。さすがに国の機密に関わることを知らせるわけにはいかないが、それ以外で解放できない場所は国王である彼にはない。
 レネシャは初めて訪れた王宮に、瞳を輝かせて視線を向けていた。年中温暖なベラルーダでは皆薄物を纏い、建物も吹き抜けの構造が多く開放感に溢れている。廊下の途中にある手すりから別区画の景色を眺め直しては、レネシャは煩くはないが大きな喜びが伝わって来るような、熱のある小さな歓声をあげる。
 けれどその喜びように、しばらくして翳りが差した。
「どうした? レネシャ」
 理由を知っているくせに、あくまでも今気付いたといった顔でラウルフィカは尋ねる。レネシャの顔色は真っ青で、口数も減っている。
「あ、いえ、なんでもありません……」
「なんでもないという顔色ではないぞ? 具合でも悪いのか?」
「あ、そ……その!」
 レネシャは酷く何か言いたげにしながら、青い顔色のまま頬だけを紅潮させていた。ラウルフィカにもその理由はわかる。この場でこの国の王である人間の前でそう申し出るには、多少どころでない勇気が必要となるだろう。
 ラウルフィカがレネシャの食事に盛った薬とは、下剤だ。
「城は広いから疲れたのだろう。休憩室にでも行こうか」
 王城は広くそこで働く使用人も多いため、あちこちに休憩所がある。王城にやってくる身分の高い者たちに病を広めない意味でも、具合が悪い時はすぐに人が集まる休憩所に寄って休み、場合によっては医師の診察を受けるように使用人たちには徹底している。
 厠のすぐ近くまで連れて行くと、ようやくレネシャは遠慮がちに腹痛を訴えて来た。ラウルフィカはレネシャをそこで解放し、自分は医者を呼ぶと伝えて部屋を出た。
 ――ここまではラウルフィカの計画通りだ。
「はぁい。お医者様でぇす」
「ザッハール。会議の方はいいのか?」
 下剤を用意したザッハールが、計画に抱きこんだ医師を連れてやってきた。
「俺の担当箇所は議題が終わりましたからね。いつまでもあっちにいたら怪しまれますよ。それよりパルシャのおっさんから失言を引きだして宰相閣下を怒らせて来ましたから、まだ当分パルシャは解放されないでしょう」
「よくやった」
 これで下準備は完璧だ。
「では、これから私は悪魔になることにしよう」

 ◆◆◆◆◆

 ラウルフィカは戻ってきたレネシャを、まるで死を宣告された重病人を眺めるような眼差しで見つめた。
「ど……どうなさったんですか?! 陛下?」
 下剤による腹痛から解放されて人心地ついたところだったレネシャは、先程とは対照的なラウルフィカの様子に目を丸くした。自分は調子を取り戻したところだったのに、今度は国王陛下に何が起きたのだろうと思ったのだ。
 しかしラウルフィカが告げたのは、レネシャ自身のことだった。
「……すまない、レネシャ。私は君に対して謝罪せねばならない」
「何故ですか?」
「どうやら先程の食事に、毒が盛られていたらしいのだ」
「毒?!」
 いくら大商人の息子とはいえあまりに馴染みのない世界に、レネシャはぎょっと目を瞠った。その肩をザッハールがぽんぽんと叩く。
「落ちつきなよお嬢ちゃん」
「男です」
「いいんだよ、わかってて言ってるから。あんたに盛られた薬は下剤程度の威力しかないから、そんなに大変なことにはならないってさ。なぁ、先生」
 話を向けられた医師は頷いた。
「恐らく、これでしょうな。命に別条はありませんが、体調に影響が出ます。処置としては、体の内部を消毒するしかありません」
「消毒って……」
「まずは胃の中のものを吐きだしましょう。それからこの薬を呑んで、他にも……」
 淡々と医師が説明した内容にレネシャは先程とは別の意味で青ざめた。
「そ、それって……本当にやらなくちゃいけないんですか?」
「できればそうしていただきたい。毒の影響が他に残ったり、食事の残りからでは判別できなかった別の毒が検出されたりしたら困りますので」
 白衣の男はしれっと言い放ち、ザッハールに様々な器具の入った袋を渡す。
 実はこの医者、五年前からラウルフィカの面倒を見ている医師でもあった。普通の王室専門医は他にもいるが、ゾルタたちに抱かれる前の処置や、ミレアスに振るわれた暴力の痕を治療する時に世話になっている。
 だからこそ、このような後ろ暗いことにも協力してくれるのだ。
「行こう、レネシャ」
「い、行くってどこへ」
「処置をしにだ」
「そ、それならうちに帰って自分でやります!」
「何を言っている。あの内容じゃ無理だろう」
「でも、だって……まさか陛下、御自分で?」
「他の人間に知られてもいいのか? それならば侍女を呼ぶが」
「えっと、あの……ひゃっ!」
 戸惑うレネシャを、ラウルフィカは強引に抱き上げる。
「心配するな。お前に不利になるようなことはしない。さっさと処置して、お前が元気になったらそのまま帰すさ。約束する」
「あの……」
 ラウルフィカはレネシャの反論を封じて、城の中の浴室に連れて行った。
 王族用のものではなく使用人用の小さな部屋で、それも普段は使われていない一角にある寂れた場所だ。小さな部屋の隣に、一般家庭より少し広い程度の、王族のラウルフィカからしてみれば狭いにも程がある浴室がついているのだ。
 人があまり来ない一角なので、もちろんあまり使われていない。あまり使われていないので、少々寂れている。だが浴室用の魔術的器具に不備がないことはザッハールが確かめ、使えることは保証した。
「さぁ、レネシャ。服を脱ぎなさい」
「は……、はい」
 震える声で、レネシャは自ら服を脱いだ。可憐な瞳に涙を溜めている。
「少しでも服を汚さない方がいいからね。どうせパルシャのおっさんが買い与える服ってお高そうだし」
「ザッハール、少し無駄口を閉じていろ」
「はぁい」
 ラウルフィカはザッハールを嗜める振りで、彼を追い払う。肩を竦めた彼は医師に渡された器具を準備しに行き、ラウルフィカはレネシャが服を脱ぎ終わるのを待った。
「陛下……」
「いい子だね、レネシャ。何も考えずにこちらの指示に従いなさい。これは命令なんだ。君は私の命令に従っただけ。何も恥ずかしがることはない」
「はい……」
「少し苦しいだろうが、我慢してくれ」
 浴室に入りラウルフィカはまずレネシャに薬の入った水を呑ませた。嘔吐感を催させる作用の入ったもので、レネシャに胃の中身が空になるまで何度も吐きださせる。
「うっ……!」
「無理に堪えようとしなくていい。嘔吐する時には生理的な涙が出るのも当たり前だ。そのまま何も考えずに吐いてしまってくれ」
 これ以上吐くものがないというところまで、レネシャは何度も吐き続ける。全て出し終えたと思われるところで、レネシャは汚れた体をお湯で洗い流す。
ザッハールがラウルフィカに準備し終えた器具を手渡した。ついでに簡単な術で、浴室内の空気を清浄化する。
「この術は持続効果が長いですから。後はあんまり気にせずに」
「ああ」
 嘔吐で体力を使ったレネシャは、ぐったりと浴槽の縁にもたれている。吐きだした分今度は体の中から消毒するのだという薬を飲ませられた。
 だが、本番はこれからだ。
「ほ……本当にやらなきゃ駄目なんですか?」
「ああ」
 ラウルフィカはレネシャに浴槽の縁に手を突いて、こちらに尻を向けるよう命じる。
「体から力を抜いて。苦しいけど我慢するように」
「は、はい……」
 震える体にラウルフィカは手をあてると、少年の肛門から中に薬の入った液体を注入した。
「あ……く、苦し……」
「我慢してくれ。ここは大事な作業だから」
 レネシャ相手に医師が説明した処置方法とはこうだ。
 一度体に入った毒物は、可能な限り体外に排出せねばならない。そのために上からも吐いて、下からも出してしまえ、と。その後で改めて解毒薬を飲む。体の消毒とはそういう話だった。
 もちろんこれは真っ赤な嘘。ラウルフィカがレネシャに盛った薬はただの下剤で、こんな嘘八百を並べ立てた処置法は本来必要ない。
 しかしラウルフィカは自らの手でそれを実行した。
 十三歳の無垢な少年を口説くのだ。それも口約束の恋人などで終わらず、できたら早々に体を繋げてしまう方がその後の話が早い。
 裸になるのが自然な状況に持っていく手段など、日常生活ではほとんどない。それもこれから口説く相手は幼い同性だ。ただ裸にさせるだけでは駄目だ。裸にして体に触れて心を弱らせて、そうして付け入る隙を作らねば。そしてラウルフィカが選んだ方法がこれだった。
 薬品を入れた後は指先を後ろの穴に入れる。
「あ! へ、陛下! そこは……」
「説明に寄ればこのまま数分時間をおくそうだ。零れてしまうのも嫌だろう」
「で、でも……それなら僕が、じ、自分でやりますから! その……!」
「無理をするな。その体勢だけで辛いだろう」
「だ、だからって、高貴な身にそんなことさせるわけには……」
 処置、と称した行為を続ける間、レネシャは震え続けていた。それには構わず、ラウルフィカは黙々と処理を続けていく。
「……このぐらいでいいだろう」
 中のものを出しきり、流しっぱなしの水で汚れを全て落とした頃、レネシャがついに鼻を啜りあげる。
「うっ、うっ……」
 汚物にまみれる作業が終わり、徐々に現実感がかえってきたのだろう。しくしくと泣き出したレネシャの頭を撫でながら、ラウルフィカは神妙な顔を作りあげる。例え相手が俯いて見ていないような状態でも、表情に手を抜くわけにはいかない。
「……すまなかったな。レネシャ。私のせいで、こんなことに巻き込んで」
「陛下……?」
「お前に毒を盛られるような心当たりはないだろう? だが私には大勢の敵がいる。お前は私の巻き添えにされたんだ……本当にすまなかった」
 瞳に涙を溜めたレネシャが、慌てて顔を上げてラウルフィカを振り仰ぐ。
「そんなことありません、陛下。こんなにまでして頂いて、僕、僕は……」
「レネシャ」
「?」
「まだあと一工程残っている。……中に消毒薬を塗るんだそうだ」
「中って……?」
「指、入れていいか?」
 数瞬の後に意味を悟ったレネシャが、ぱっと顔を赤く染める。既に涙は止まっているが、ようやく落ち着いてきたことにより恥ずかしさが増してきたようだ。
 裸になって吐瀉物や排泄物を晒したことと、涙を見られたことと、今からされることの何がどう恥ずかしいのかも、表面上は落ち着いたが混乱のあまり一種の興奮状態にあるレネシャにはもうよくわからない。
「ぼ、僕は大丈夫ですけれど……でもその、陛下は嫌じゃないんですか? そんな……」
 汚い、と恐らく言おうとしたのだろう。しかし今からそこに指を入れると宣言している人間に対してどう言葉を紡ぐべきか迷った様子で、レネシャが口を閉じる。
「私は気にしていない。今なら中が濡れていて苦痛も少ないはずだ。さぁ……」
「は、はい」
 レネシャがぎゅう、と目を瞑る。ラウルフィカは軟膏を取り出すと指につけ、再び浴槽の縁に手をついたレネシャの後ろの穴に指を入れた。
「は……あっ!」
 直腸の内壁に薬を十分塗りつけながら、さりげなく奥の方へ指を伸ばす。探っているように思わせないじっくりとした指づかいで奥を刺激すると、レネシャが声をあげて体を震わせた。
「い、今」
「痛かったか?」
「い、いえ」
「じゃあ、何か感じたか?」
 カァッと首まで赤く染めたレネシャの反応にラウルフィカはふっと微笑む。
「終わったぞ」
 必要以上に触れることはせず、静かに薬のついた手を拭う。ゆっくりと立ち上がろうとしたレネシャがふらつくのを支えた。
「あ、ごめんなさい」
「いいや。それより大丈夫か? なるべく負担の少ない方法を選んだつもりだが、体は辛くはないか? それに……」
 ラウルフィカは思わせぶりに一瞬口ごもって見せる。
「私に触れられるのは、嫌じゃなかったか?」
「そんなことありません!」
 考えていたよりもずっと必死な様子で、レネシャがラウルフィカの胸に縋りながら言葉を綴る。
「だって陛下はずっとずっと、僕の憧れの人で、尊敬し続けていて、こんな迷惑をかけた自分が恥ずかしいくらいで……んっ」
 ラウルフィカは急にレネシャの体を強く抱きしめると、その唇を口付けで塞ぐ。
 すぐに離れると、自分でも驚いたような表情を作って見せる。
「あ……す、すまない! お前があんまりにもいじらしいことを言うから、可愛くて……」
 吃驚して目を丸くしているレネシャに、弱弱しく微笑みかける。だが、レネシャを抱えた腕は離さない。彼の体を洗うためにラウルフィカ自身も薄着になっているので、密着すると相手の肌の感触がはっきりと伝わるのだ。
「……本当に、すまなかった。男なのに、可愛いと言われても嬉しいはずがないよな」
 今日のことは忘れてくれ、とラウルフィカは呟いた。
「心配しなくても、このことについて口外はしない。だからお前も、できれば黙っていてくれると嬉しい。このことでお前やパルシャが不利になるようなことはないと約束するから……」
「あ、あの、陛下!」
 何もなかったことにしよう、と提案するラウルフィカの様子を見かねたように、レネシャが遠慮深さをかなぐり捨てて、ラウルフィカの胸にしがみつく。
「こんな迷惑をおかけした立場で言えることではありませんが、僕は、陛下に触られるのも、キスされるのも嫌じゃありませんでした……いえ、本当は、う、嬉しかったんです!」
 レネシャの頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。先程中に消毒薬と称して塗った媚薬の効果も現れてきたのか、吐息が熱い。
「僕は……ずっと陛下をお慕いしていました! だから……!」
 思わずにやつきそうになる口元に力を入れ、ラウルフィカは必死で真面目な表情を保つ。レネシャ自身の口から、こう言わせるために。
「陛下が触れたいのなら、この体……好きにしてください! いいえ……私に、レネシャに慈悲を、どうか」
 くださいませ、と囁くように腕の中で口にした少年の身体を抱きしめ、ラウルフィカは胸中で勝利の声をあげた。


11.籠絡

「レネシャ……」
 耳元で甘く囁いてやると、腕の中の少年の身体が震える。
「いいのか? 君に触れても」
「は……はい」
 緊張のあまりか、乾いて掠れた声でレネシャは答えた。
「はしたないとお思いになられるでしょうが、僕は……その、陛下に触れてほしくてたまらないんです……」
 赤く染まった目元をぎゅうっと瞑って、小動物のように震えながらラウルフィカの言葉を待つ少年は愛らしいの一言に尽きる。
「ならば……来てくれ。部屋に行こう」
 レネシャの身体を少女にするようにそっと抱き上げて、ラウルフィカは隣室の寝台に向かう。
 小卓の上には、打ち合わせ通りに姿を消したザッハールからの短いメモ書きが残されていた。
「ザッハールは仕事を言いつけられたそうだ。まぁもともとこちらが雑用だしな」
「そうなんですか? でも、陛下のお傍を離れるなんて……」
「いいんだ。それでこそ、この時間を君と二人きりでゆっくり過ごせるのだから」
 隣に腰掛けて微笑んでやれば、レネシャは白い肌をカッと赤く染めて俯く。
「レネシャ……」
 十分な時間見つめ合った後、ラウルフィカは再び少年の唇に自らの唇を重ねた。
「ん……ふぅ……」
 自分の快楽は二の次で、とにかくレネシャが感じるように濃厚な口付けを交わす。
 これまでの一連の出来事によるショックと媚薬の効果で理性のたがが外れている状態の少年を、この機に一気にたぶらかす。
 口付けが終わると、ラウルフィカは少年を寝台に優しく押し倒した。
「あ……」
「どうした? やはり怖いかい?」
「い、いえ! ……今更こんなこと言うのもなんですけど……恥ずかしくて」
 さすがに生娘のように胸元を覆ったりはしないが、異性と肌を交えたこともない少年は同性の裸を見るのも見られるのも気恥しいらしい。レネシャも相当な有力者の子息なので自分より下位の者を相手にするなら恥ずかしくはないのだろうが、目の前にいるのは憧れの国王だ。
「先程までも裸を見せあっていたじゃないか」
「で、でも」
「ふふ。可愛いよ、レネシャ」
「ぁあ……国王陛下……」
「ラウルフィカと呼んでくれ」
「ラウルフィカ、様……」
「そうだ。お前には、そう呼ぶことを許そう」
 もう一度深く口付けしてから、ラウルフィカはその顔を少年の首元に埋めた。
「んっ!」
 白い肌に吸いついて痕を残し、徐々に下へと向かっていく。
 昂ぶって熱を持ちながらもその発散方法を知らないような幼いものへと指を伸ばした。
「あ! 陛下、だめぇ、そ、そんなとこ」
「どうして? お前はこちらも可愛いよ、とても」
 実際、これまで男たちの醜悪な欲望を無理矢理押し付けられてきたラウルフィカからすれば、レネシャのものは言葉通りに可愛らしいとしか思えないものだった。
 躊躇う必要もなく舌を伸ばし、芯を持ち始めているものを口の中で包み込む。
「ん」
「ひゃあ! 陛下ぁ……」
 じゅぷじゅぷとわざと聞かせるように淫らな音を立てながら、ラウルフィカはレネシャを射精まで導く。出されたものを綺麗に飲みこんで、ラウルフィカは口元を拭いながら顔をあげた。
「ご、ごめんなさっ」
「そうだよ、レネシャ」
 呆然としていたレネシャが謝罪を口にしようとするのを遮って言う。
「ラウルフィカと呼ぶようにと言っただろう」
「あ、あの」
「それ以外は気にしなくていい」
「でも……」
「そんなに気にするなら、お前も私をイかせてくれる?」
 羽織っていた薄物を脱いで、ラウルフィカはレネシャの前に自らのものを晒す。
「あ……」
 ラウルフィカもまだ少年だが、レネシャよりは男として成熟している。レネシャは目の前に差し出されたものに一瞬驚いたように固まってしまった。
「無理に口にいれなくていいから、こうして、指で……」
ラウルフィカはレネシャの手に自分の手を添えて、それをつかませる。
「ゆっくり擦って、そう……んっ……いい子だ」
 初めこそ硬直していたレネシャも、実際に触れてみると思ったよりも簡単に覚悟が決まったようだ。赤黒い塊に少女のように白くほっそりとした指を絡ませると、熱心に擦り上げる。
 媚薬の効果か、熱にうかされた吐息がひっきりなしにその唇から零れていた。
 レネシャの金髪に片手を置いて頭を撫でていたラウルフィカも、徐々にせり上がって来る快感に息を零す。達する寸前、彼はレネシャの手を止めさせた。
「……ありがとう、レネシャ。もういい」
「え? でもまだ」
「あとは……こちらで、だ」
 ラウルフィカは、無防備なレネシャの後ろの穴に指をあてる。
「な、なん、です?!」
「男同士の場合、こちらを使うんだ。レネシャ、力を抜いて」
「あ、あの、でも、だってそこは」
「きちんと消毒しただろう? だから大丈夫だ。でもあとでまた薬を塗り直す必要があるな」
 まだ十分にほぐれている内部へとラウルフィカは指を滑りこませた。
「ひゃん!」
 先程塗った軟膏が滑りを助け、あっけないほど簡単に指が入る。レネシャの方も苦痛を感じていないようで、むしろ媚薬によって早くも覚えさせられた快楽に戸惑っているようだ。
「あ、あっ……何か、変なのに……いい、なんで……っ」
「そんなにいいのか? だったら、もっと声をあげてもいいよ、レネシャ。どうせこの部屋には誰も来ないんだ」
「あ、陛下ぁ……! ラウルフィカ様ぁ」
 先程探り当てた良いところをつくと、慣れていない少年の身体はたやすく流される。
 二本、三本と指の数を増やすたびに、レネシャの唇からは歓喜の声が漏れた。
「ん……ふぁ……陛下」
「レネシャ……挿れるよ」
 少年の足を抱え上げて股を開かせ、ラウルフィカは腰を落としていく。
 すっかり快楽に酔っている少年には、もうまともな思考は働かない。ラウルフィカの掌の上で、ただ喘ぐのみ。
「あ……陛下!」
「ラウルフィカだよ、レネシャ」
「ラウルフィカ様、ラウルフィカ様ぁ!」
 レネシャはラウルフィカの背に腕を回し、うわ言のように何度も名前を呼んだ。口の端から涎が零れ伝う。目元には再び薄らと涙が浮かんでいた。
ラウルフィカはその汗を浮かべたこめかみに一度口づけると、細い身体に負担をかけないようゆっくりと動き始めた。


12.反撃

「――この件に関する代案の提出は以上だ。何か質問のある者は?」
 ラウルフィカが問いかけると、会議室はざわめいた。経済庁の役人たちと国の主だった商会の代表者たちを集めての会議である。
 国内で持ちあがった問題に対しラウルフィカはこれまで決まりかけていた案を蹴り、その代わりとしての意見を発表したところだった。突然の変更に列席者たちは戸惑う様子だが、これと言った反対意見もあがらない。
「では、この方向で進めて良いだろうか。不足と思う部分に関しては忌憚なく意見してくれてかまわない」
 商人の一人が手を上げて意見、否、ついにその質問を口にした。
「当商会は陛下のご意見に反対する気はございません。ですが陛下……その……その案は本当に……」
「何が言いたいのだ? マティスト商会代表」
 ラウルフィカが余裕の流し眼を送ると、男は一瞬躊躇うように沈黙した。しかしまだ若い商会の跡取りは自らの感情を押さえきれなかったようで、ついに問いを言いきる。
「その案は、本当に陛下のご意見なのでしょうか?! 以前まで陛下が口にされていたお考えとは、随分方向が違う様子ですが」
 ある程度の発言を許されている立場とはいえ、ついに言ってしまったと会議参加者の何人かは目を覆う。
 しかし国王が激昂すると考えた者たちの危惧は外れ、ラウルフィカは上機嫌でマティスト商会の若旦那を褒めた。
「ああ。その言葉を待っていたのだ。貴殿の言う通り、この案は私が一人で考えたものではない。私はあとから手を加えただけ。原案制作者は他にいる」
 あっさりと自らの提出した議案を自作ではないと言ってのけた国王は、会議室の入口に目をやった。
「今日はそのことについてここに集まった一同に話をしたいと思ったのだ。では、先程の計画の発案者を呼ぼう――レネシャ、入るといい」
 会議室の中で一人が立ち上がった。ぶくぶくに肥えた肉だるま――パルシャである。
「レネシャ!」
 ラウルフィカの合図で会議室内に足を踏み入れ優雅な礼をしてみせたのは、パルシャの息子、レネシャだった。
「な、ななな何故お前が!」
「父上、国王陛下に依頼されて今回の議案を作成したのは、僕です」
「レネシャ?!」
 息子を溺愛するパルシャは今にも気絶しそうに蒼白な顔をしていた。彼にとっては大事に大事に育てていたはずの息子が、自分の知らぬ間に国王の言いなりになっていたことが信じられないらしい。
「陛下、これはどういうことですかな?」
 経済庁の現長官は思慮深く王に向かい尋ねた。国王自らが作成したと言われる計画がこんな年端もいかぬ少年のものであったことは驚きであり、また不安でもある。
「彼はヴェティエル商会のパルシャが第一子、レネシャ。まだ幼いが、その実力はご覧いただいた通りだ。今回のことは、レネシャの実力を皆に知ってもらいたくて行った」
「実力があるから彼を高官としてつけよ、と? 陛下、いくらなんでもそれは……」
「さすがにそこまでは言えないな。幾人もに指摘された通り、この計画には穴もある。視点の足りなさもある。だが、この歳の少年にしてはレネシャの手腕が優れていることも認められるだろう」
 手持ちの資料に再び目を落とし、彼らは一様に首を傾げた。その顔には戸惑いの色が大きい。
「私の名を騙らせたとはいえ、貴殿らから見れば同じく若輩者なれど曲がりなりにも五年間国王として努めて来た者が出してもおかしくはない計画だと納得したから賛成してくれたのだろう? 今すぐ官の席を与えよとは言わぬが、まずは彼が役人見習いとして城に特例として上がることを許してほしい」
「レネシャ殿、年齢は」
「今年で十三になりました」
 緊張の色を浮かべた少年は、青ざめながらもはっきりとした声で答える。
「ヴェティエル商会には子がお一人しかいないと伺っておりましたが、その後継ぎ殿が役人になりたいというのはどういうことでしょう? 彼は自らの商会を継ぐのではありませんか?」
 彼らはレネシャを見て明らかに取り乱した様子のパルシャに視線をやった。ラウルフィカが小さく笑う。
「息子思いの父親殿は、これから私が国王として説得することにしよう。貴公らの意見はどうだろうか?」
「……国王陛下のお考えのままに」
「私もです」
「異議はありません」
 経済庁の人間も商会の実力者たちも、それぞれの思惑を秘めた目で頷いた。計算高い彼らには、同じく計算高い国王が自らの名前まで騙らせてまで推薦したい少年を退けることがこの場では得策にならないことに気づいたのだ。
「それではこの計画に関する役割分担へと話を移そうか。レネシャ、お前はまだ見習いであって国を実質的に動かす者ではない。下がり、この後の指示を待て。パルシャ、貴殿は席に着くように」
「で、ですが陛下」
「会議はまだ終わってはいないぞ。まぁ、私もこの後は貴殿と話しあうために時間を空けねばならぬわけだが、な」
 顔面蒼白なパルシャにラウルフィカはあくまで国王然とした穏やかな笑みをたやさず着席を促した。レネシャにいたってはラウルフィカに声をかけられた時点で礼をして下がっている。
 パルシャの胃の腑を縮めるような会議が再開された。

 ◆◆◆◆◆

「こ、こく、国王陛下!」
 蒼い顔のまま意を決して部屋を尋ねたというのに、ラウルフィカは自室にいなかった。パルシャは慌てて国王の姿を求めて城中を走り回った。
 話し合いなどと言いながらさっさと姿を消した国王を探しながら、パルシャの頭にはちらりと、ゾルタやナブラを頼るという考えが頭を掠めた。しかしすぐに放棄する。
 お互いの利益のために一時的に手を組んだとはいえ、彼らは真の意味でパルシャの味方というわけではないのだ。こんなことを知られれば、息子くらい切り捨てろと言われるかもしれない。パルシャにとって、それだけは耐えられないことであった。
 先週息子を国王に預けた時から、パルシャは嫌な予感を覚えていた。それが現実となってしまった。レネシャは家では大人しくしていたが、国王について話す口ぶりはこれまでの比ではないほど浮かれていた。
「どこだ。一体どこに……」
 とにもかくにもラウルフィカの姿を探し求め、彼は人気のない寂れた一角へとやってきた。
 壁の色もくすみ、掃除もほとんどされていないような寂れた空間。昔の使用人部屋がまだ改築されずに残っているらしい。人気がないはずのそこから、微かな声が漏れ聞こえる。
 パルシャは声の聞こえる方へと足を向けた。
「おっと、お早いお着きで」
「ザッハール。何故貴様が」
「俺のことなんざ今はどうでもいいんじゃない。それより、あっち見てみなよおっさん」
 国王傀儡計画の最も歳若い共犯者は、唇に指をあてて声を潜めるよう指示しながらパルシャを自分のいる場所まで手招きした。その方向に近づくほどに声が大きくなる。
 パルシャの背に嫌な汗が浮かんだ。
「ま、まさか……」
「そのまさか。ほら」
 ザッハールが指さす扉の隙間から狭い室内を覗き見ると、そこからは睦みあう二人の少年の姿が見えた。一人は彼が探していた国王で、もう一人は。
「ああ、ラウルフィカ様……」
「ん、いいよ。レネシャ」
 思わず声をあげそうになったパルシャの口を、ガッと乱暴な手つきでザッハールが塞ぐ。
「気をつけろって。陛下はともかく息子にバレた方が今の場合、ヤバいんじゃないの?」
「だ、だが今のは、レネシャが!」
「無理強いならともかく合意だって言われたら誰も止めらんねぇし」
 じゃ、あとは自分でどうにかしてね。と気楽に無関心にそう言って、ザッハールは姿を消した。あとには扉の外でへたりこんでいるパルシャと、部屋の中で何も知らず肌を重ね合う二人の少年が残される。
 否、何も知らぬ、ではない。
 レネシャの上に覆いかぶさっていたラウルフィカが、扉の隙間から覗くパルシャに気づいた。唇の端を静かに持ち上げて不敵な笑みを見せる。
「レネシャ」
「はい?」
「これ、……してくれるかな?」
 ラウルフィカがやわらかく頭を撫でると、レネシャはその手の感触にうっとりとして応じた。
「はい、僕……陛下のものを綺麗にします」
 レネシャは寝台を降り、端に腰掛けるラウルフィカの足元に跪いた。そして先程まで彼の中を突き白濁をぶちまけた男根に愛おしげに口付けすると、そのまま唇を開いてラウルフィカの欲望を口内に招き入れた。
「ん……」
「そう、いい子だね。レネシャ」
 ラウルフィカは口淫に夢中なレネシャの頭を撫でながら、視線は部屋の外で覗き見しているパルシャへと向けていた。
 息子の痴態に父は蒼白な顔をしている。それも他の誰かではなく、「あの」国王と情を交わしているのだ。恐慌状態に陥らぬわけはなかった。
 ラウルフィカはそれから更にもう一度レネシャの体内に精を放ち、先程彼のものを舐めとったことも構わず少年の唇に深く口付けてからレネシャを解放した。
「先に湯を使うといい」
「え? ですが陛下……」
「急に用事ができてな。すぐに終わらせていくから。お前が無理しない範囲で待っていてくれれば後から行く」
 暗に浴室での二度目の行為を示唆すると、レネシャは嬉しそうに肌を染め先に体を洗い流しに向かった。その間にラウルフィカはとるものもとらず立ち上がると半開きだった部屋の扉を開け放ち、部屋の前で腰を抜かしているパルシャの前へと立つ。
「盗み見とは品が良くないぞ、パルシャ」
「へ、陛下! わしの息子になんてことを!」
 掴むものもない裸の胸に、パルシャは必死で縋りつく。ラウルフィカは鬱陶しそうにその手を払って言う。
「勘違いしてもらっては困るな。レネシャとは合意の上だ。それとも私があの子を強姦したとでも?」
 パルシャが盗み見ていた短い間にも、レネシャがラウルフィカを慕ってあのように肌を重ねていたことは明らかだった。しかしパルシャはそう簡単に引き下がるわけにはいかない。
「あの子はまだ十三歳なんですぞ! し、しかも女ならばまだしも少年相手にあんな」
「だからどうした」
 女性ならばまだ辱めを受けてもそれを盾に婚姻を迫るという手段がある。それが許されるかどうかはおいておいて、相手が国王であるということを考えれば、それは悪い取引ではない。だが男が相手では、どう言い募ったところで愛人、それも非公式の日陰の身である愛人にしかなれない。
 幼い息子を弄ぶ王に必死で訴える父親をラウルフィカは冷たい眼で見下ろした。
「お前がそれを言うとはな、パルシャ。五年前、十三歳だった私を無理矢理犯したのはお前ではないのか?」
「ッ――」
 パルシャは言葉を失った。
「それとも、お前の望み通りにしてやろうか。私からレネシャに別れ話でも持ちかけるか? まぁ、あの子は気弱そうに見えてなかなか、そう簡単に引き下がる性格でもないようだし、何故私がこうなったか、一から全てを説明しなければならないかもしれないが」
「や、やめてくれ! それだけは!」
 全てを話すということは、パルシャがしたことが息子に知れるということだった。ここまで清く美しく育ててきた息子の耳に、その憧れの国王の口から、今の息子と同じ年だった彼をパルシャが犯したことが知れるのは耐えられない。
「レネシャは私に相当の好意を抱いているようだ。なぁ、パルシャ」
 相当も相当だろう。何せ身体まで差し出すのだから。最初に顔を合わせて以来、レネシャは何度も王宮にラウルフィカへと会いに来た。媚薬を使ったのは最初の一回だけだと言うのに、それ以後も少年はラウルフィカが求めるままに足を開いた。
「私が言えば、レネシャはどんなことでもやると思うぞ。例えば犯罪に加担したり、余興だと言って不特定多数の男に一度に抱かせることもできるな」
「やめてくれ! あの子を傷つけるようなことはしないでくれ!」
 レネシャが普段からどれだけラウルフィカに憧れているか骨身に染みて知っているパルシャとしては、息子を傷つけるようなことをラウルフィカがするのも許せなかった。こうして関わってしまったのであれば、せめて、国王が彼を愛しているという夢を見せたままで。
「いいとも。その願いを聞き届けよう。パルシャ・ヴェティエル。私は優しい王様だから、自分の臣下の願いは聞いてやらなければ。なぁ?」
 ラウルフィカは腕を組んで壁にもたれ、跪いて請うパルシャを見下しながら笑った。その笑みは残酷で、しかしこれまでの従順で気弱な少年の仮面を剥がした彼の素顔は誰よりも美しい。
「けれどパルシャ、この世は何も無償では成り立たないということ、商人のお前ならわかるよな。お前がもしもゾルタたちにしろ別の人間にしろ援軍を得て私に逆らうと言うのなら、私がレネシャをどうするか――わかるね?」
 問いかける形で念押しするラウルフィカの声音はぞっとするほどに涼やかだ。パルシャは凍りついたようにぎこちなく頷いた。
「は……はい、陛下……わしはけして、あなたを裏切りはいたしません……」
「いい返事だ」
 ラウルフィカは踵を返した。
「それではそろそろ私は浴室に向かうとしよう。可愛い恋人を待たせているからね」
 パルシャが膝から崩れ落ちる音を聞きながら、ラウルフィカは五年前のあの日以来浮かべていなかった笑顔を浮かべる。
「ハハハハハ。ハーッハハハハ!」
 反撃の一手は投じられた。あとは全ての盤面を覆すばかりだった。